『ジャズ・レコード・ブック』で、ジャズ評論家・粟村政昭氏が評したジャズマン数名を紹介しています。
【粟村本読み】トロンボーン奏者 ビル・ハリス、ジミー・ハリソン、J.C.ヒギンバッサムほか、ハンプトン・ホース、コールマン・ホーキンス、ロイ・ヘインズ、フレッチャー・ヘンダーソンらを紹介
コメント
TAKESI0506さんからのコメント。
アール・ハインズについては、1960年代半ばに、岩浪洋三さんと油井正一さんの間でちょっとした論争がありました。
スイングジャーナル65年12月号の「アール・ハインズとジャズ・ジャイアンツ」というレコードの岩浪さんのディスクレビューに対して、次号の読者投稿欄に油井さんが公開質問状を載せました。
アール・ハインズ&ジャズ・ジャイアンツ/岩浪洋三 5星
『最近いちばん感動したピアノは、セロニアス・モンクでもなければオスカー・ピーターソンでもない。ほかならぬこのアール・ハインズである。今年60才になるこのオールド・タイマーが弾くピアノがどうしてこうフレッシュに響くのであろうか。私が不勉強で古い人達のピアノをあまり聴いていないせいもあるかも知れない。しかし、そういってしまってはハインズにも気の毒であり、それだけでは片ずかない何かがあるような気がするのである。それは何だろうか。私はこのLPも含めて最近のハインズのピアノを聴いていちばん感じることは、その演奏が実に自由でのびのびとしていて、屈託がなく何のこだわりもないということである。そこにはピアノに向って存分に自分を解放している無心な人間の姿をみるのである。
60才にもなってまるで子供のようにピアノに向って遊んでいる姿に接してこちらまで心が気持が解放されてくるのである。これこそ音楽を聴く楽しみの最たるものではないか。はっきりいうとハインズのピアノにはスタイルがない。しかし、現代のピアニストの多くが自ら作り出したスタイルにしばられて、マナリズムにおち入っているのに比して、このスタイルがないというのはむしろ喜こばしいことになるのである。
リヴァーサイドのアール・ハインズのレコードに「スポンテーニアス・エクスプロレーション」というのがあったが、この自然発生的なプレイこそハインズの特長であり、魅力なのだ。
さて、このアルバムは実況録音であり、ハインズはよりリラックスした気分でピアノを弾いている。3曲以外はピアノ・トリオによる演奏でありこのトリオによる演奏が多いのがありかたい。やはりピアニストを聴くにはソロかトリオに限るようだ。
A面の〈ファッツ・ウォーラー・メドレー〉は“ファッツ・ウォーラーの肖像″と題されており、ウォーラーの曲を中心に故ウォーラーの得意とした曲を時折ウォーラーのスタイルをのぞかせながら演奏している。メドレー6曲のうち、ウォーラーの作品でないのは「トウ・スリーピー・ピープル亅(ホーギイ・カーマイケル作曲)1曲だけである。この曲はウォーラーの珍らしくムーディで抒情的な歌が評判になった名唱があり、ウォーラーをしのぶのにふさわしい曲といえよう。ハインズもけだるいムードをよく出している。
ウォーラーもピアノの名手であったが、ハインズも実にピアニスティックなピアノ・プレーヤーである。この2人のほかテータムにしてもブシュキンにしてもスイング時代のピアニスト達は今日の若手たちにくらべると、もっとテクニックもあり、クラシックの素養もあったように思えてならない。ハインズとウォーラーはスタイルは違っても共に黒人ながらブルースをあまり得意にはしなかったところに一つの共通点があるかも知れない。そういったことを考えながら聴くと〈ファッツ・ウォーラー・メドレー〉はとても面白い。〈C・ジャム・ブルース〉にはロイとホーキンズ2人のゲストが加わり、ベテランの味を聴かせる。
B面に移って、ブロードウェイ・メドレーは、軽く、そしてユーモラスにこれらの小品をこなしている。ピアノ・ジャズの楽しさというものを、自然な弾き方の中から強く出している。〈サンディ〉ではロイ・エルドリッジのフルーゲル・ホーンがフィーチュアされる。彼としては熱の入った好演に入る。〈ロゼッタ〉は有名なアール・ハインズの作品で、これまでにもしばしばソロで演奏してきているが、ここではゲストにコールマン・ホーキンズを加えて、彼の豪快なソロを披露している。つづくハインズのきれいなソロはさすが自作曲におけるだけのことはある』岩浪洋三氏への質問/油井正一
『本誌12月号のレコード評中、アール・ハインズの新譜に関する岩浪洋三氏のご意見で納得できぬ点があり、おうかがい致します。
「はっきりいうとハインズのピアノはスタイルがない。(中略)このスタイルがないというのはむしろ喜ばしいことになるのである」という寝言のような文章は どういう意味ですか?
アール・ハインズはピアノ・ジャズ史上一、二を争うグレート・スタイリストであると私は確信しますし、ジャーナルの読者も百パーセント私の説を支持してくれるものと信じます。
歴史上の確たる事実を、持ち前の反骨精神でひっくり返すのは岩浪氏独得の論法であり、ジャズに無智なるまま発言する人らしい新鮮さなのかと思って! 黙ってましたが、あまりにもひどい独断なので、今回は誌上を以ってご回答下さい』12月号の氏の質問の答え/岩浪洋三
アール・ハインズのスタイル云々について申し上げます。私が言わんとしたことは、現代のピアニストの多くがファンキーとか色々のせまいスタイルにこだわって、ピアノという楽器をフルに生かしていないのではないかということ。これに反して、ハインズはそういった意味でのスタイルはなく、自分のスタイルを生かそうという考えを捨て、ピアノという楽器そのものを生かそうとしている演奏態度ではないか。そして、それが現代においてハインズのピアノが新鮮に聴こえ、多くのファンを狂喜させている理由ではないかと感じたわけです。だから小さなスタイルを超越したハインズこそグランド・スタイリストだ、とおっしゃる意味には私も同感なんです。ただジャズの歴史でどう言われ、どう評価されたかなどということは一応白紙にして、自分の耳で素直に聴いてほしいというのが私の願いであって、私の場合もまた自分のささやかなる音楽的体験をできるだけ邪念にとらわれないで、ありのまま、そこに文章として定着したいと心掛けてきただけです。ですから私は故意に独断を求めたこともありません。
もし、とんでもない独断と映ったとすれば、私の筆の至らなさの故だと思います。
氏の質問を読みながら、自分の文章が他人にはどう読まれるかという点でもたいへん参考になりました。そして“ジャズ批評とはどうあるべきか”について考えてみたいという気にもなりました。のんびりとそんなことでも考えてみませんか』ビル・ハリスは、ウディ・ハーマン・オーケストラに加わった演奏が大部分のため、あまり聴かれてないようですけど、57年録音の「ビル・ハリス&フレンズ」というレコードは、ハリスとテナーのベン・ウェブスター、ピアノがジミー・ロウルズ、ベースがレッド・ミッチェル、ドラムスがスタン・リーヴィーというクインテットの演奏で、スイングジャーナルのディスクレビューは粟村さんが書いてました。評点は4星でした。
『これはまた、思いもかけぬレコードが出たものである。ビル・ハリスもベン・ウェブスターも、今は故人となってしまったが、共に一時代を築いた強烈な個性の持主であった。とりわけビル・ハリスは、ハーマン・ハードやJATPのスターとして、人気投票の一位を独占した経歴の持主であっただけに、晩年の不遇ぶりは、その特異なスタイルに対する反動とさえ思えるものがあった。ハリスのスタイルは、モダンというよりは、むしろディキシーの感覚に通ずるところがあり、アップ・テンポにおいては恐ろしくリズミックなソロを聞かせ、反転、バラードでは、祈るがごとく、つぶやくが如く、情緒纏綿たるフレージンクで聞き手を魅了した。そのハリス・スタイルの特徴は、このアルバムにも遺憾なくとらえらており、ベン・ウェブスターとのコンビも申し分ないが、「春の如く」(It Might As Well Be Spring)あたりを聞くと、四十年代のコクがやや失なわれているような気がする』