ハンク・モブレーのブルースフィーリング

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視聴者の皆さまよりいただいたコメントに対してのアンサー動画です♪

先日アップした動画「モブリシャス! ハンク・モブレー大好き「モブリアン」からのコメント紹介」(こちら)を紹介した動画をアップしました。

サンジョルディさんからのコメント。

コメント返し、ありがとうございました😊
<モブトネーション>の意味が、動画を見ていくと、分かりましたー😃
新しい<モブリッシュ>が、どんどん生まれますねー(笑)
いとモブし🤣

爆笑!!
>いとモブし🤣

さっそく動画のネタに使わせていただきました。
モブいったらありゃしない🤣

博 橋本さんからのコメント

今年も “そろそろサンジョルディーの日” がやって来ますね😊
引き続き、お江戸の『ジャズ評判』やパラレル・ワールドの<モブライズ>を楽しみにしています😅

永井勉さんからのコメント。

雲さんに怒られるかもしれませんが
私がモブレーを好きな理由はフレーズです・・・!!
ソロで捨てフレーズがないんです・・・単純なアドリブ
ではなくてある程度創りあげてレコーディングに入っているんじゃ
ないんですかね・・・??
だからブルース感が薄いと感じられるかも??? 😅😅😅

>ある程度創りあげてレコーディングに入っている
これ、そうだと思いますよ。
以前どなたかのコメントにもありましたが、モブレーが作る曲って魅力的なんですよ。で、だからアドリブのフレーズも魅力的なんですよ。
で、なにが魅力的なのかというと、その理由は、おそらくアドリブ展開後のプレイも想定した曲作りをしているからなのではないかと。つまり、テーマとアドリブの有機的なつながりが感じられる。
だからこそ、練り込みが魅力のハードバップ(というかブルーノートハードバップ)と親和性が高かったのですし、逆に言えば、ブルーノートの練り込みハードバップというスタイルの礎を築き、あるいはより強固にしていった影なるスタイリストもモブレーなんじゃないかと私は思っています。
逆に言えば、出たとこ一発勝負的なスリリングさにはやや欠ける。そこが、練り込みハードバップの欠点といえば欠点かもしれませんし(ビバップとモードジャズとフリージャズが好きだけどハードバップが嫌いな、かまいち氏のような方にとっては)、逆に、その安定感、安心して聴けるところが好きという方にとっては、そこが魅力なのではないかと思います。
だから、ある意味、練り込み作曲スタイルと、曲作りに適応したアドリブ展開が理想的な形で融合したモブレーのスタイルこそが、まさにハードバップ的そのものと言っても過言ではないかもしれませんし、ハードバップという言葉を全き体現したテナーマンこそがモブレーなのであると言い切ってしまっても、あながち大きな間違いではないような気がします。

で、これを前提とすると、永井さん曰くのブルース感は、即興性がもたらすスリリングさ、生々しさも含まれたフィーリングや荒々しさも含まれたものと解釈することが出来ます。
ちゃんとモブレーの真ん中を捉えたコメントにモブテリジェンスを感じますw

永井勉さんからの返信。

あっしもモブリアンなんですか???😅😅😅

はい!
ブリアン永井と呼ばせてください!😅

永井勉さんからの返信。

やめろ・・・怒り!!
ブリアン永井??変な名称つけるな!!
じゃなくてありがたく頂戴します・・・WWW😅😅😅

…すいません。怒られちゃった😂

Junpei Uchiyama (The Hardboppers)さんからのコメント。

久しぶりに来てみたらハンクモブレーで盛り上がってて嬉しいです。
既に誰かが触れてらっしゃるかも、ですが

Joe Graziosi

このJoe Graziosiさん、ソウルステーションの全曲の全アドリブを12のキーでコピーしてますね。
とってもいいJAZZのマスター方法ですよね。僕にとってはモブレーこそがハードバップど真ん中なのでとてもよくわかります。
モブレーのように歌えたら、もう完成形!フレーズも、ノリも、間も、いいんだよなぁ、とにかく。

ありがとうございます!
素晴らしい動画を紹介してくださって。
見ましたよ。全部ではありませんが。
もう、モブレー愛たっぷりというか、ほんとおっしゃるとおり素晴らしい練習方法だと思います。
チャーリー・パーカーのオムニブックなどの教材などを片手にパーカーコピーで練習している人は多いと思うのですが、モブ教科書を実践している人は初めて知りました。
しかし、こう12キーで演奏されるモブレーの節回しを聴いていると、より一層モブレーの魅力がさらに伝わってきますね。
モブレーに私淑するミュージシャンの練習、研究課程そのものが、我々ファンに対してのモブレーの魅力をプレゼンテーションしてくれる橋渡しになっているという。
ほんと、素敵な動画を紹介してくださりありがとうございました!

wim peさんからのコメント。

こんばんは!
グラントグリーンが最近好きなんですけど、ブルースっぽいという評価をよく見かけます!ある評論家は、ヤツはブルースプレイヤーだとか何とか言っていたとか、そこで私はジャズギターは、何を持ってしてジャズギターなのか?という疑問が産まれました、音楽の理論に詳しくない私からしてみればグラントグリーンモンゴメリーも同じジャズプレイヤーです、演奏にブルースっぽいやら、オクターブ奏法を多用するやら特徴はあるにしろ、ジャズプレイヤーであることに変わりはありません。結局ジャズというのは演奏技法ではなく精神なのでしょうか?
なんだかめんどくさい質問で申し訳ありません笑、「何だこの質問?」って思ったら無視してていいです!

ブルージーとかブルースフィーリングという形容は使う人それぞれの音楽観(聴いてきた音楽の土台)によってかなり違うと思います。

おっしゃるとおり、奏法や精神でブルースを感じたり、ブルースを感じると形容する人もいるでしょうし、ロックギタリストが好きな人の多くは、使用するスケールでブルースっぽいか否かを判断する人もいると思います。

私の場合は、カントリーブルースや、シカゴブルースなども聴きまくっていた時代もあったことから、これらと比較すると、誤解を恐れずに言えば、いわゆるモダンジャズのほとんどの演奏は、コテコテのブルースに比べると、かなりブルース濃度は薄く感じます。それは精神性とかとは関係なく。

よく「ブルージーな」という形容を多用する評論家もいらっしゃいますが、私からしてみれば、「うーん、言われてみればそうかもしれないけれど、かなり薄口だよね~」と感じてしまいます。おそらく「モダンジャズ」という枠内の出来事としてのブルース濃度が濃い・薄いで判断されているのだと思います。

ご存知だとは思いますが、ジャズはブルースのほか、ゴスペルもルーツにしている音楽なので、もちろんこれらの要素が混在した表現も多いのいのですが、一時期、古いゴスペルミュージックを聴きまくっていたこともがる私からしてみれば、たとえばグラント・グリーンのギターは、ブルースよりも、だんぜんゴスペル濃度が濃いと感じます。
それは、フレーズというよりも、ねっとりと濃いニュアンスだったり、時としてベタでキャッチーなフレーズを力強く前面に押し出す姿勢に強くゴスペルっぽさを感じます。さらに、シンプルなフレーズを繰り返すことにより、じわじわと高揚感を上げてゆき⇒昇天!を目指すかのようなアプローチ、組み立て方にもゴスペル的な発想や、ゴスペルで育って培われてきた「その地方で育った人が無意識に地元で培われてきた行動様式」のようなものを感じますね。

だから、極端な例を出せば、ギャラクシー・トゥ・ギャラクシーの《ハイ・テック・ジャズ》なんかも、ジャンルとしてはクラブミュージックなのかもしれませんが、私からしてみれば、音楽の根っこには強烈にゴスペルを感じさせる何かがあるのですね(反復を高みにもっていく音楽構造からして)。

もちろん、使用楽器や音の肌触り、生演奏か打ち込みか否かという違いはあるのですが。

だから、冒頭で、人それぞれチックなありきたりな結論めいたことを書いてしまっていますが、もう少しその「人それぞれ」の思考パターンと分析ロジックならびに表現ボキャブラリーの差を考えてみるに、それは抽象度と抽象的思考力の違いだと思います。

ひとそれぞれ、どの段階で音楽を捉え、楽しんでいるか、その受容状況とモノゴトを捉える範囲が目先なのか俯瞰なのか、背景を見てしまうのか、目の前の現象を楽しむだけなのかで、ずいぶんと感想表現が変わってきちゃうと思うんですよね。

ジャンルというラベルで音楽を楽しみ選別する人もいるし、表現内容やその手法、目的に関心がある人もいるし、ジャンルをまたいで聴こえてきた音の気持ちよさや衝撃の近似性や、その源泉を探ろうとする人もいる。

見えている対象は一緒でも、その捉え方(脳内で処理されるプロセスと結果)はまったく異なるように、聴こえている内容は一緒でも、それがどうリスナーの感受性が捉えているのかは、人によってまったくブラックボックスなんですよね。

同じ言葉でも、違う意味、ニュアンスを意図して発していることも少なくない。
それが、たとえば「ブルージーな」って形容です(笑)。