【コメント返し】たんツトトン

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動画「【コメント返し】セロニアス・モンクが放つ美しいハーモニー」(こちら)と、「アート・ペッパー前期が良いに決まっているのである論〜中山康樹・著『Jazz名盤名勝負』より」(こちら)に視聴者さまよりいただいたコメントに対してのアンサー動画です♪

コメント

オカハセちゃんねるさんからのコメント。

冒頭の雲さんの挨拶が早口で「おはようございます、たんツトトンです」に聴こえました(笑)

いいですねぇ〜。
たんツトトンw

よくわからないけど、なんかいいw
たまには、冒頭の挨拶は「おはようございます、たんツトトンです」にしてみようかな😂

オカハセちゃんねるさんからのコメント再び

いや、80〜90年代のマウントFuji等のジャズフェスやジャズ本などでのライトなジャズブームは、当時の大企業「日本たばこ産業」の力が大きいと思います。日本たばこ産業の当時の幹部クラスの人達の中にいるジャズマニアの仕掛けだと思います(もちろん良いムーブメントと思います)。彼等幹部クラスもその昔若い頃には貧乏学生で食費を切り詰めてレコード買ったり偏屈なジャズ喫茶のオヤジに怒られながら(笑)過ごして来たわけで。
「これじゃ流行らないのは無理もない」と感じていた彼等は「偉くなったら俺はもっとジャズに貢献しよう」と思っていたに違いありません。ジャズマニアに貢献ではなくてジャズミュージシャンに貢献です(笑)。何故ならマニア達をターゲットにすると【マニアックの中に閉じ込めて、にわか連中にしたり顔で「ふんおまえらにジャズがわかるか」と見下す空気になる】ので、結局はミュージシャンが食えないので文化として停滞するのは、少し賢い人たちはわかっているから。
なのでその後時代の流れにより「たばこ」というものがどちらかと言うと嫌われてTVCMなどで流せなくなってしまった今では、ジャズイベントなどやってる余裕もなくなったということですね。
今でも大企業の偉い人達の中にジャズマニアは沢山いるとは思いますが、世の中が不景気になってしまった今は、幹部クラスでもそこまで自由なイベントとかは出来なくなってしまったのでしょうね。
だけどそれとは別に、これはあくまでも想像ですが、当時の日本たばこ産業のジャズを流行らせた人って多分たった1人のカリスマ性ある人が仕掛けたんじゃないかなと思っています。
世の中は新しいムーブメント起こすのは殆どひとりのカリスマだったと思うからです。
もちろん多くの人が協力するので実際には1人では無理なのですが、そこが正にカリスマ性が必要な部分です。どういうことかと言うと【今までの常識を覆すような新しいムーブメント起こす時に全くカリスマ性を持たない人がいくら熱くプレゼンしても否定されて実現は難しい】ものですから。

「ジャズマニアに貢献するのではなく、ジャズミュージシャンに貢献する」説。
これ、なかなか興味深いですね。

これ、実際に楽器を演奏されているオカハセさんならではの視点だなあと思いました。

以前、若い頃にジャズ喫茶でコルトレーンを聴いて衝撃を受け、それまでギターを弾いていたにもかかわらず、テナーサックスを始めてしまった、というお話をされていましたよね。

しかも、そのままプロにまでなってしまったという(笑)。

そういう経験をお持ちの方だからこそ、ジャズという文化を考える際にも、まず演奏する側、つまりミュージシャンが活動できる環境を作ることに思いが向かうのだろうな、と感じました。

ジャズマニアが喜ぶことと、ジャズミュージシャンが食べていけることは、必ずしも同じではありませんからね。

それから、もうひとつ面白かったのが、「当時の日本たばこ産業に、一人のカリスマ的な仕掛け人がいたのではないか」という仮説です。

これも、十分にありそうな話ですよね。

ただ、ここからは私の、元メディア畑人間ならでの、かなりアホな妄想をひとつ(笑)。

私は以前、広告や雑誌の編集などをやっていた関係で、毎月、毎週、企画を考える仕事をしていました。
それも、面白い企画ではなく、「売れる」企画です(笑)。

雑誌なんてまだ緩い方だったと思いますが、おそらくテレビや大企業の広告宣伝、あるいは大規模イベントの企画なんかになると、もっと大変だったんじゃないかと思います。

とにかく、仕事や飲み屋で彼らとの接点あったりしましたが、とにかく行動様式がノンビリな私と違って、「切羽詰まっている」「なりふり構わず」「利用できるものはなんでも利用してやれ」「顰蹙買ったら後で謝ればいい(今はなんとかする、って感じ)」がヒリヒリと伝わってくるんですね。

ということは、仕事現場や会議室では、もっと「もっといいのないのか!」「もっと売れるの持ってこい!」の怒号の連続だったのではないかと想像してしまいます。

「何か面白い企画はないか?」
「もっとないのか?」
「それ、前にもやっただろう」
「ほかには?」

なんてことを毎日のように言われていれば、こうにもなるわなぁ、と思ったものです。

そうやって日々、借金取り(企画催促)に追われる生活を送っていると、企画を考える際も、だんだんと、人それぞれ「習性」や「コツ」のようなものが出てくるんじゃないかなと思うんです。

私の場合も妙な知恵を身につけました。
勝手に「ミシンとコウモリ傘戦法」と呼んでいるのですが、まったく関係のなさそうなもの同士を、無理やりくっつけてみるんです。

例えば、世の中で流行しているものと、まったく関係のな異物を組み合わせてみる。

それを何十個も考える。

ところが、そんなことを繰り返していると、当然、ネタが枯渇してきます(笑)。

そうすると、今度は自分の頭の中にある、昔の記憶や経験に頼るようになってきます。

特に、若い頃に夢中になったものって、何十年経っても案外、頭の中に残っているんですよね。

で、ここからが私の妄想です。

ある日、日本たばこ産業の宣伝担当者が、新しい広告企画を考えていたとします。

「さて、タバコのイメージアップ、何かいい企画はないかなあ」

「美女? 水着? うーん、ありきたりだな」

「酒? リゾート? ハードボイルド?」

「大人の雰囲気のバーなんてどうだ?」

「いやいや、そんなのベタすぎるだろう」

「……ん? 待てよ。そういうバーで流れている音楽って、ジャズだよな?」

「ジャズかあ……そういえば、学生時代によく聴いてたなあ」

「ジャズ喫茶にも通ったなあ。あの店のマスター、怖かったなあ」

「怒られるのが嫌で、スイングジャーナルを一生懸命読んで、知ったかぶりしてたっけ」

「そうそう、あの頃は新主流派なんかもよく聴いてたな」

「ハービー・ハンコック、ボビー・ハッチャーソン、あの辺り、よかったなあ」

「……あれ? そういえば、あの人たち、まだ現役じゃないか?」

「ちょっと調べてみるか」

「おお、結構みんな元気に活動してるじゃないか!」

「だったら、いっそのこと日本に呼んじゃうか?」

「ジャズフェスティバルなんてどうだ?」

「タバコとジャズ……うーん、文字にしてみると、これまたベタだなあ(笑)」

「でも、案外このベタさがいいのかもしれないぞ」

「F1みたいな派手な企画もいいけど、ジャズだったら大人の文化という感じもするし、企業イメージにも合うかもしれない」

「よし、ダメもとで企画書を出してみるか!」

そして数日後。

「あれ? 企画、通っちゃった?www」

……という(笑)。

もちろん、全部私の妄想です。

実際に日本たばこ産業の中で、どなたが、どのような経緯で企画を立ち上げたのか、私はまったく存じ上げません。

ただ、こういう「企画を考えているうちに、昔の自分の趣味が顔を出してしまった」という展開も、案外あり得るんじゃないかなあ、なんて思うわけです。

しかも、最初は単なる企業の宣伝企画だったとしても、いざ企画が通ってしまえば、今度は本気になってしまう(笑)。

「どうせやるなら、あのミュージシャンも呼びたい!」

「いや、こっちのミュージシャンも!」

「せっかくだから、もっと大きなイベントにしよう!」

なんてことになって、気がつけば会社の予算を使って、学生時代に憧れていたジャズミュージシャンを日本に呼んでいる。

これ、会社員としては、なかなか夢のある話じゃありませんか(笑)。

そして、ここでオカハセさんのおっしゃる「カリスマ」の話につながるような気もするんです。

企画を思いつくことと、それを実現することは、まったく別の話ですからね。

仮に最初のきっかけが、私の妄想のようなアホな思いつきだったとしても、それを会社の正式な企画として通し、予算を獲得し、大勢の人を巻き込み、実際にイベントとして成立させる。

さらに、それを継続させていく。

これは、誰にでもできることではありません。

そう考えると、最初は偶然の思いつきだったとしても、そこから先には、やはり強烈な情熱や推進力を持った人物が必要だったのかもしれませんね。

そして、最初は「売れる企画」「企業イメージを高める企画」を考えていただけの人が、イベントを続けるうちに、いつの間にか本気でジャズミュージシャンを応援するようになっていたとしたら……。

それはそれで、なかなかいい話じゃありませんか。

もちろん、これも全部妄想ですが(笑)。

ただ、ひとつ確かなのは、あの時代に大きな企業がジャズという音楽にお金を投じ、一般の人たちにも届くようなイベントを開催してくれたことには、大きな意味があったということだと思います。

ジャズ喫茶で腕組みをして聴いている人だけがジャズファンではありませんからね。

たまたまテレビで見たり、友人に誘われてフェスに行ってみたりと、そういう入口があってもいい。

そして、その入口から入ってきた人が、やがてコルトレーンに出会い、楽器を始めたり、ライブハウスに通ったりするようになる(かもしれない/(まあ、何十人に一人くらいかもしれませんがw))。

そう考えると、オカハセさんがおっしゃる「ジャズマニアではなく、ジャズミュージシャンに貢献する」という視点は、やっぱり大事だなあと思います。

それにしても、オカハセさんのコメントを読んでいたら、こんな長々とした妄想が始まってしまいました。

申し訳ありませんwww

でも、実際にあの時代のジャズイベントを企画した人たちが、どんな経緯で企画を思いつき、どんな苦労をして実現させたのか、ちょっと知りたくなってきましたね。

案外、ものすごく高尚な文化事業の理念があったのかもしれませんし、私の妄想みたいに「企画、通っちゃった!」から始まったのかもしれません(笑)。

いずれにしても、そうした人たちのおかげで、多くのジャズミュージシャンが演奏する機会を得て、私たちも素晴らしい演奏に接することができたわけです。

そう考えると、ジャズの歴史というのは、ミュージシャンだけでなく、その周囲にいた、ちょっと変わった情熱を持つ人たちの歴史でもあるのかもしれませんね。

2025年8月17日