『ジャズランド』1976年5月号に掲載されたVictorレコードの広告を紹介しています。
ギル・エヴァンス・アンド・テン(ギル・エヴァンス)、ウッドロアー(フィル・ウッズ)、アウト・ワード・バウンド(エリック・ドルフィー)の日本盤レコードの広告を見ながら喋ってます。
コメント
Kawai Andyさんからのコメント。
2024年の12月ごろに「深ギル」ると言うタイトルの晩年の傑作「パリ・ブルース」動画をあげられていました。
期せずして、これがギルエバンスの最後のアルバムとなってしまいましたが、Steve Lacyとのデュオと言うフォーマットのアルバムは、かなり独特の音響空間を出現させていると思います。思えば、この2人が出会った最初はいつ頃だったのか、少し疑問に思ったので、いろいろ調べてみると、プレステージのこのアルバムや「ビッグ・スタッフ」あたりだと思います。当時からSteve Lacyはソプラノサックス専門であったみたいで、これはシドニー・ベシェあたりの影響であったようです。もうこの頃からかなりの腕前であったようで、完成したような演奏を聞かせていますね。ただいわゆるジャズのメインストリームに特別な思い入れのようなものがあまり感じられなく、独特の歩みをしていたようですそもそもビバップ的アプローチも当初あったみたいですが、影響受けたミュージシャンにセシルテイラーがいたと言うのは驚きでした。まぁ普通は彼が、セロニアス・モンクの影響にあるように感じられますが、確かにそれもあるのでしょうが、後年フリージャズや電子音楽へ近づいていくようなアルバムがあったり、後年はMal Waldronと行動を共にしていたと言うのは、知りませんでした。なんだか音楽の純粋性に忠実に生きていたような感じで、生涯を音楽に捧げた感じに思えました。AIによる添削です↓
2024年の12月ごろに投稿された、ギル・エヴァンス晩年の傑作『パリ・ブルース』の動画を拝見しました。
この作品は、期せずしてギルの遺作(ラスト・レコーディング)となりましたが、スティーヴ・レイシーとのデュオという編成が、極めて独特かつ濃密な音響空間を創り出しています。
二人の出会いを遡ると、1957年のプレスティッジ盤『Gil Evans & Ten』や『Big Stuff』に辿り着きます。当時からレイシーは、シドニー・ベシェの影響でソプラノサックスを専奏しており、その若さにしてすでに完成された技量を見せていたことには驚かされます。
特筆すべきは、彼がジャズのメインストリームに対して、ある種冷淡とも言えるほど独自の距離を保っていた点です。初期にはビバップ的アプローチも垣間見えますが、彼がセロニアス・モンクの音楽を深く掘り下げたことは有名です。しかし、それ以上に意外なのが、若き日の彼がセシル・テイラーのグループに在籍し、前衛の極北を経験していたという事実です。
この「モンク的な構成美」と「セシル・テイラー的な自由」の同居こそが、後年のフリージャズや電子音楽への接近、そして晩年のマル・ウォルドロンとの沈思黙考するようなデュオ活動へと繋がっていったのでしょう。
生涯を通じて、流行に左右されることなく音楽の純粋性にのみ忠実に生きる。レイシーの歩みは、まさに人生を音楽そのものに捧げた求道者の姿そのものに思えます。面白いですね!
とても興味深く読ませていただきました。
私も改めて調べてみたのですが、おっしゃるように、ギルとスティーヴ・レイシーの接点を辿っていくと、やはり『Gil Evans & Ten』や『Big Stuff』あたりに行き着きますね。
ちなみに、『ギル・エヴァンス・アンド・テン』は、なぜか私が結婚した時、結婚披露宴でジャズピアニストの方から結婚祝いにいただいた思い出深い1枚です(笑)。
それにしても、あの頃からソプラノ一本というのが、今考えても相当変わっています(笑)。
当時のソプラノといえば、やはりシドニー・ベシェの影響が大きいのでしょうが、コルトレーンがソプラノを再評価する以前から、あそこまで一本化していたというのは、相当な覚悟だったんだろうなと思います。
ただ、そういう認識は、
テナーサックス⇒(同じ運指だから持ち替えで)⇒ソプラノサックス
という発想が前提にありますよね。
でも、
クラリネット⇒ソプラノサックス
という流れで考えると、また違った景色が見えてくるような気もしています。
レイシー自身、もともとはクラリネットを吹いていたそうですし、ロシア系ユダヤ人の家庭に育ったことを考えると(もちろん、これは私の勝手な推測ですが)、ベシェへの憧れだけではなく、どこかクラリネット的な歌わせ方や音の運びに、自然と惹かれる素地もあったのではないか、と想像してしまいます。
ベシェのソプラノを聴いていても、単にサックスを吹いているというより、クラリネットの延長線上にあるような、あの独特の節回しや歌い回しを感じることがありますし、レイシーもまた、ソプラノを「ジャズ・サックス」としてではなく、「一本の声」として捉えていたような印象があります。
さらに想像を広げるなら、ユダヤ音楽、特にクレズマーの世界では、クラリネットは人の声のように泣き、笑い、祈る楽器として非常に重要な存在ですよね。
もちろん、レイシー本人がそこから直接影響を受けたと断言できるわけではありません。しかし、彼の一本の旋律をじっくりと育てていくような演奏や、音数ではなく一音一音の表情を大切にする姿勢には、どこかそうした文化の記憶と響き合うものがあるような気もしています。
だからこそ、レイシーのソプラノには、単なる「ベシェの後継」というだけでは説明できない、不思議な孤高さがあるのかもしれませんね。
しかも、若い頃の演奏を聴いても、すでに「ああ、レイシーだ」と分かる。
あれだけ早い段階で、自分の音楽の座標軸ができていた人というのも珍しいですよね。
私も昔は、「モンク一直線の人」というイメージが強かったのですが、調べ始めると、それだけではない人のような。
セシル・テイラーとの関わりもそうですし(セシルのデビュー作『Jazz Advance』では、《Bemsha Swing》で共演しているのも興味深いですよね)、後年にはフリー、即興、電子音響的な方向にも自然に歩いていく。
だからといって、誰かの後追いをしている感じでもない。
あくまでもレイシー自身の音楽が、時代と一緒に少しずつ姿を変えていったように感じます。
もちろん、何ヶ月もかけてモンクの曲を1曲研究したこともあるという人なので、もちろんレイシーの音楽性の太い幹の部分はモンクであることは間違いないにしても。
そのスタイルやストイックな姿勢は、「ジャズ・ミュージシャン」という言葉よりも、「音の探究者」という表現のほうがしっくりくる気もします。
ECM周辺や、アンビエント、環境音楽を聴いていると、「演奏する」というより「空間を置く」という感覚の作品がありますよね。
私は『パリ・ブルース』を聴くたびに、その感覚を思い出します。
デュオなのに、不思議なくらい空間が広い。
音数が多いわけでもない。
むしろ少ないですよね。
それなのに、部屋の壁が少し遠ざかるような感覚がありますよね。
ギルの和声は、もともと「オーケストラの人」という印象が強いのですが、この作品では逆に、ほとんど何も足さないことで空間を作っているようにも感じます。
そこへレイシーが入る。
ソプラノサックスという、ある意味いちばん「線」が目立つ楽器なのに、不思議と空気に溶け込んでしまう。
あれは音色というより、「存在の置き方」が独特なのかもしれません。
そう考えると、ECM的な美学ともどこかで通じている気がしますし、アンビエントや環境音楽をお好きなAndyさんが、この作品に惹かれる理由も何となく分かる気がしました。
それと、AIによる添削テキストも興味深く読ませていただきました。
文章としては確かに整理されていて、読みやすくなっていますね。
でも、不思議なことに、Kawaiさんらしさは全然消えていない(笑)。
調べながら、思考が広がっていく感じや、一つの疑問から別のミュージシャンへ自然に興味が移っていく流れは、そのまま残っています。
AIは文章を整えてくれますが、その人が「どんな順番で興味を持ち、どんなふうに思考が散歩しているのか」までは消えないものなんですね。
2026年1月10日 19:41