2023年1月2日のライブ配信は、油井正一さんの古い本を読んだり、テキトーにYouTubeで見つけた動画(主にスタンダードの演奏動画)に合わせてベースを弾いたりしました。
動画のメイン・ビジュアル、リー・モーガン(スイングジャーナルの表紙)は、釣りです(笑)。
あまり(まったく)モーガンの話はしていません。
コメント
Jさんからのコメント。
え 1時間半? 進行中では 数分で終った感じでした
本年も宜しく願います~ ドロシーさんも暇みつけ参加期待します~
J
それは良かったです。
たぶん、曲をいくつか流したことで時間が短く感じられたんでしょうね。
じゃず喫酒Dorothyさんからのコメント。
はい!積極的に雲さんにしがみついて行きたいと思います🔥(怖っ笑)
昨夜のライヴは、家人が寝ている隙に参加してましたが、家人がモゾモゾ起き出したので、退出してしまい…
あとで復習いたしまーす🙋
ありがとうございます!😆
TAKESI0506さんからのコメント。
油井正一さんの名著「ジャズの歴史」は88年にシンコーミュージックから「生きているジャズ史」として文庫版で再発行されたのですが、最後に「1988年のジャズに思う」という章が追加されました。
『1970年春、マイルス・デイヴィスの「ビッチェズ・ブリュー」を試聴したときに受けた衝撃は、今もって忘れられません。ただ一度オープン・テープで試聴しただけなのに、興奮のあまり「レコード芸術」誌で担当していた「海外盤試聴記」に、予定していたレコードにかえて、急遽この二枚組大作をとりあげたのでした。
「歴史を揺るがす傑作ついに出ず」というのがその見出し。
案の定、私の批評に対する反響はかんばしいものではありませんでした。「音楽的な充実感に乏しい、空しい大作で、一体あの作品のどこに、歴史を揺るがす傑作といった価値があるのか、大方の評者の真意をはかりかねている」というのはスイング・ジャーナル誌の読者投書欄に出ていたもの。「歴史を揺るがす」という形容を使ったのは私だけだったから、名指しはしていないが明らかに私に向けての批判でした。
私がああ言い切るまでには、知識の上で色々な蓄積があったのです。中でも1967年アフリカ滞在から帰国された言語学者西江雅之氏から教えられた、アフリカ固有の宗教にヴードゥー(Voodoo)の事が非常に大きかったと思います。これは、一部に伝えられたような邪教ではなく、自然界のあらゆるものに神が宿っている事を知り、それらを崇めるという実に人道的な宗教なのですが、この宗教の音楽は、西江氏によると、神様の一人一人にテーマ・メロディとテーマ・リズムがあって、神々を一堂に集めるためには、幾つものリズムやメロディを同時に演奏しなければなりません。一つ一つのテーマはそれぞれ筋が通っているのですが、同時に演奏されるので、複合リズム、複合メロディの音楽となってしまう、というお話でありました。
マイルスの「ビッチェズ・ブリュー」で何よりも目立つのが、この複合リズム(ポリリズム)と電化サウンドです。サウンドは彼が数年前から徐々に採り入れていたもので、特に新味はないと思いますが、このサウンドを運び出す土台としてのリズムは、1960年代を通じてあらゆるミュージシャンが探求し続けたものの集大成といってもいいものだと思います。この多彩なポリリズムは、一見ロックに似て非なるものであり、いろんな形のスイングを包含しています。総括的にこれらのリズム・フィギュアは、大きなサイクルを描いて回転し、サウンドを前へ前へと押し進めていきます。こうしたポリリズムは、マイルスの創案のように見えてそうではなく、遠くヴードゥーに発していることは、前に述べた通りであり、多くのフリー・ミュージシャン同様、マイルスもまた、大昔の黒人ルーツを見直す「先祖がえり」によって、伝統に結びつけながら、もっとも新しいサウンドのヴィーグル(車輪)としたものであります。「ビッチェズ・ブリュー」の中の一曲に《ヴードゥーを追求するマイルス》というのがあることも僕の推理を裏付けているように思います。
「ビッチェズ・ブリュー」に参加したメンバーは13人、トランペット、ソプラノ・サックス、ベース・クラリネット各一本を除けば、あとの10人はみんなリズム・セクションです。キーボード・プレイヤーが三人おりますが、ジャズではリズム・セクションにかぞえられることになっております。メンバーの顔ぶれをみると、その後の10年に注目を浴びる仕事をした人ばかりである事に驚かされます。僕は数年前、「ビッチェズ・ブリュー」がその後のエレクトロニクス・ジャズとブラコン(ブラック・コンテンポラリー)と呼ばれるようになったポピュラー音楽の源になっている事を示すため、こんなテープを作ってみました。
ファラオズ・ダンス(「ビッチェズ・ブリュー」の一曲目)→ウェザー・リポート/アンブレラ→ハービー・ハンコックのヘッド・ハンター/カメレオン→クインシー・ジョーンズ/ブギー・ジョー・ザーグラインダー→ブラザーズ・ジョンソン/イズ・イット・ラヴ・ザット・ウィー・アー・ミッシング。
これらを何でも途中からつぎの曲に重ね合わせて、続けて演奏してみますと、マイルスの「ビッチェズ・ブリュー」が、1970年代以降のジャズ=ポピュラーに如何に大きな影響を与えたかがよくわかります。それと同時に、これらの音楽が、我々がジャズと呼んできたものからどんどんはなれてきている事にも気付かざるを得ません。ブラコンは最早ジャズではない。どこからジャズでなくなったのでしょう?ジャズとポピュラー音楽
ジャズで始めた事が、ポピュラー音楽の新しい出発点になるような例は「ビッチェズ・ブリュー」が初めてではありません。そんな場合、ジャズとポピュラーの境界線をどこで引くが、といった素朴な疑問が起こってまいります。エリントンもクインシー・ジョーンズも「私が創っているのはジャズではない。音楽なのだ」と事あるごとにいいました。この言葉が意外なほど問題の核心をついているように思います。
ジャズはもはやジャズという言葉で包括出来ないような音楽に成長してしまったのです。
しかしながら多くのジャズ・ファンにとって、R&Bやブラコンまでジャズと呼ぶことには大きな抵抗がありましょう。そこでもう一度ジャズの歴史を改めて見直してみたいと思います。「ビッチェズ・ブリュー」でジャズは終わった?
一口にモダン・ジャズといっても、バップ、クール、ハード・バップ……時代感覚、生活感覚の変化によってスタイルはどんどん変化しました。そうした変化によって「ジャズとは絶えず成長を続けて行くもの」に見えた事は確かです。
わが国でもっとも鋭いジャズ批評家、粟村政昭氏の名著「モダン・ジャズの歴史」の腰巻コピーには、「ビッチェズ・ブリュー」でモダン・ジャズは終わった! とあります。この本の最後の数行を引用させて頂きましょう。――次に続く
マイルスが、明らかに他に先駆けて偉大であったと思える点は、彼がこうしたポリリズムの複雑さを、もっぱら数式的な感覚に頼って理解しようとしたり、コンガやマラカスを加えたラテン・ナンバーに類する扱いで満足することなく、ジャズ、ロック、インド音楽などの諸要素を、渾然一体とした生きたリズムとして融合せしめたということであって、同時代の多数のミュージシャン達が、いまだ観念的な理解の域にとどまっていた中にあって、マイルスは初めから実験の段階をとばして、新しい時代のリズムとして出に問うだけの、懐の深さをのぞかせたのであった。
こうして「ビッチェズ・ブリュー」以降、70年代のモダン・ジャズは、いっせいに電化サウンドとポリリズムとの係わりを深めて行くことになったわけだが、過去30余年にわたるモダン・ジャズの改革が、すでにメロディの分野に於いても、リズムの領域においても、ジャズの特殊性に拘泥し難いところまで拡がってきたことを認める以上、未来のジャズが、次第に他のジャンルの音楽との垣根を越えた、いわばトータル・ミュージックとでも称すべき性質のものに変わって行くであろう事は、当然予想できた。
ただ、それと同時に、従来ジャズという音楽のもっていた特殊性ゆえに、他のジャンルの音楽を措いてこれに愛着して来た多数のファン達が、70年代以降のジャズの変貌に、それまでほどの関心を抱き得なくなるであろうこともまた予想出来たわけで、その意味では1940年以来のモダン・ジャズの歴史も、「ビッチェズ・ブリュー」の商業的な成功と共に、一応の終わりを告げたと言えるのではないだろうか。少なくとも、著者(粟村氏)にとって意味のあるモダン・ジャズの歴史は、60年代を以て途絶えたような気がする。ジャズの近年の動きをみてきますと、粟村さんの言葉に重みが感じられるのです。フォー・ビート・ハード・バップこそジャズ発展の究極ではなかったか、という意見に僕も益々傾きつつあります。そう長くない歴史を通じて、ジャズは絶えず発展し続けてきました。だからといって、いつまでも成長発展を続けるとは限りません。生命あるものには、成長に限界があり、頂点を極めたあとは、衰微に向かうものであります。
ハード・バップ以後のフリーやフュージョンは、ジャズから横に伸びた枝葉であり、いにしえのR&B同様、近年のブラコンなどは、そこから咲き出したポップスという花であって、ジャズは幹。花は美しいから蝶もむらがるが、幹は奇麗でないから花の様には眺めてもらえません。しかし20世紀の音楽は、純音楽から大衆ポップスにいたるまで、ジャズから動かしがたい影響を受けてきたのでありました。とすれば、今の所は幹のてっぺんが平らに切断された感じのジャズではありますが、横に伸びる枝葉ばかりでなく、たとえ細くとも、上に伸びる幹の成長があってしかるべし……電化楽器などを使わずフォー・ビートでありながら、今の生活感覚で演奏する若者たちがいるあいだは、ジャズはジャズであり得ると思うのです。
ディキシーランド→スイング→ビ・バップとジャズは幾度かスタイルを変えましたが、一旦出来たスタイルは絶対に消える事はありません。ディキシーランド・ジャズは、今も全世界の若いミュージシャンによって演奏されています。見方によっては「フュージョンも立派なジャズの一種だ」という事は出来ます。そう信する人をコケにする気は毛頭ありません。でもこの辺で1本の線を引いた方が、ジャズという音楽の全体像がスッキリつかめるような気がするのです』ピリオドの「ソニー・ロリンズ・プレイズ」は、名盤「ヴィレッジ・ヴァンガードの夜」の翌日に録音されたもので、当時のロリンズがいかに精力的に活動していたかがわかりますね😅
大 深堀さんからのコメント。
雲さん明けましておめでとうございます雲さんのベースいいですねー😃(^_^)v
本当ですか?
うれしいです!
今年もよろしくお願いします!