『カインド・オブ・ブルー』~ビル・エヴァンスが執筆したライナーノーツ

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ピアニスト、ビル・エヴァンスは、マイルス・デイヴィスのアルバム『カインド・オブ・ブルー』で、即興演奏のことを、日本の水墨画になぞらえて書いています。

引用するとこのような感じ。

ジャズにおける即興演奏/ビル・エヴァンス

水墨画の絵師は天然になることを強いられる。
絵師は雁皮紙(がんぴし)に特殊な筆と墨汁で描く。
不自然ともいえる途切れがちの筆運びは描線を破壊し、雁皮紙を突き破ることもある。削除も変更も許されない。
絵師は思案の邪魔が入らない直接的なやり方で、着想を手によって表現することができるようになるまで、特別な稽古に励まなければならない。
その成果としての水墨画は、西欧の絵画に見られる複雑な構図と肌理を欠いているが、よく見れば、どんな説明も追いつかない何かをうまく捉えている。
直接的な行為は最も意味深長な思想であるというこの確信は、思うに、ジャズすなわち即興演奏家の非常に厳しく類のない訓練の進化を促してきた。
集団即興演奏にはさらなる困難がつきまとう。
首尾一貫した思考を共有する技術的困難はさておき、ここには、共通の成果を目指す全員の共感を引き出さねばならないという、非常に人間的な、社会的とも言える要請がある。
この最も難しい課題は、今回の録音で見事に解決されていると私は思う。
水墨画の絵師は雁皮紙という枠組みを必要とする。
同じように、即興演奏家集団は時間の枠組みを必要とする。
マイルス・デイヴィスはここで、単純でありながらも、最初の着想と確実に結びついた天然の演奏に必要なすべてを含んだ枠組みを提示している。
マイルスは録音のわずか数時間前にそのような設定を思い付き、全員がどう演奏すればいいかが分かる下書きを持ってス タジオにやって来た。
そういうわけで、この集団即興演奏には純粋な天然に近い何かが聞こえるだろう。
われわれは、録音に先だってこれらの楽曲を演奏したことはなかった。
例外なく、最初の演奏がそのまま「録音」された。
ジャズ演奏家にとってスタジオ録音で新しい素材の即興演奏を期待されることは珍しいことではないが、これらの楽曲がもつ独特の雰囲気は、それが特別な挑戦であったことを物語っている。

これがまた言いえて妙で、非常にジャズの即興演奏の本質(控え目にいっても『カインド・オブ・ブルー』に関して)を言い当てている名文章だと思います。

そのことについて、YouTubeで軽く語っています。

よろしければ、どうぞ。

そういえば、『カインド・オブ・ブルーの真実』という本には、ビル・エヴァンス直筆の原稿の写真が掲載されていますね。

そして、レコーディングの模様も克明に記されており、興味深く読むことが出来ます。

なかなか貴重かつ資料的価値の高い本だと思います。

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もちろん、文字知識が皆無でも、『カインド・オブ・ブルー』は楽しめることは言うまでもありません。

聴けば聴くほど、深く沈みでいくような音世界は、やはりジャズの作品の中では異例中の異例。このアルバムが持つ唯一無二の音世界です。

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>>カインド・オブ・ブルー/マイルス・デイヴィス

フラメンコ・スケッチズ

ちなみに『カインド・オブ・ブルー』といえば、あまり語られることのないのがラストナンバーの《フラメンコ・スケッチズ》ではないでしょうか。

アルバムの目玉の《ソー・ホワット》や《ブルー・イン・グリーン》にどうしても意識の焦点が集中しがちなゆえ、この曲は最後のおまけ曲みたいな感じで、あまり真剣にというか、じっくりと聴く機会が少ない人も少なくないんじゃないかと思うのですが、あらためて腰を据えてじっくりと聴くと、これは、ほんと、いい~曲なのです。

マイルスのミュートトランペットはもとより、ビル・エヴァンスのデリケートなピアノがなんとも時間をとろけさせてくれるのです。

このニュアンス、エレピのほうが出しやすかったんでしょうけど、当時はまだ、アコースティックピアノの時代。

後年、マイルスはエレクトリックピアノを自身のバンドに導入して、キース・ジャレットやチック・コリアらに弾かせていますが、マイルスがエレピに移って行った理由が、この曲を聴くとなんとなくわかるような気がするんですね。

小説家の平野啓一郎さんは「リキッドなニュアンス」と表現されていまいたが、音の輪郭が「ソリッド」なアコースティックピアノに対して、輪郭が曖昧でまろやかなエレピの音色は、まさに「リキッド」。

ときに、曖昧でミステリアスなニュアンスを漂わせたいときに、アコースティックピアノで奏でる和音は、響きが妙に具体的で、明暗がはっきりし過ぎるきらいがあるのかもしれません。

ただ、ビル・エヴァンスはそのあたりのことを承知していたのか(そのあたりというのはマイルスが出したいニュアンスのこと)非常に巧く、固い音のピアノで液体のようにとろけるようなニュアンスを表現しています。

エヴァンスも後年エレピのアルバムを出しています。

彼自身も、近代の作曲家、たとえばドビュッシーの影響を受けていることもあり、あまりに露骨で分かりやすい「暗い!」、あるいは「明るい!」というニュアンスよりも、ぼんやりと浮き出るような響きを好んでいたのでしょう。

そんなことを考えながら、空間と時間にぼんやりと蕩(とろ)けゆく《フラメンコ・スケッチズ》を聴き、一日を締めくくるのも悪くないと思うのです。

コメント

おむどさんからのコメント。

エバンスは(晩年は意見が分かれるにしても)知的なイメージありますよね。特にポートレート・イン・ジャズのジャケットとか。
動画とは関係がないのですか、365日のアルバム紹介の企画でキース・ジャレットのStill Liveを紹介していただくことは可能でしょうか?図々しいリクエストなのは承知していますので、無視していただいても構いません。

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いつも楽しく動画やブログをを拝見させていただいています。これからもお身体に気をつけて頑張ってください!

いつもご視聴いただいてありがとうございます。
『スティル・ライヴ』の件、年頭に入れておきます。
じつは、このアルバム7月13日の候補には挙げているんですよ。
ただ、その日はミンガスの『アンティーブ』という超弩級戦艦クラスのライヴ盤も対立候補としてあがっており、今、全体のバランスをみながら、どちらにしようか迷っている最中なのです。検討しますので、もうちょっと考える余裕をください。

おむどさんからの返信。

大丈夫ですよ。余計なこと言ってすみません。

いえいえ、検討します。他のかたからもリクエストがあったらもうスティル・ライヴにしちゃいます(笑)。

noromajinさんからのコメント。

失礼します。エヴァンスのライナーノーツはモーダルというより即興演奏自体の本質を語るものだと思います。それはこの盤が即興演奏を一度総括するに足る作品であることを指摘しているように読めます。あと私の感想としては、エヴァンスの伴奏が絶妙な沈黙を持つなど、その美意識が水墨画の間(スペース)の妙と重なり、それが演奏全体の自由度を増していると思います。

ありがとうございます。
鋭い考察、いやはやその通りだと思います。

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