リロイ・ウォークスを紹介!

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ベーシスト、リロイ・ウォークスの代表作『リロイ・ウォークス』を紹介した動画をアップしました。

やっぱり彼のウォーキングベースはいいなぁ。
彼こそまさにウォーキングの名手、「歩キング!」。

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コメント

永井勉さんからのコメント。

どーも、モンク永井です・・・m(__)m
よく解りますベース屋さんて重要な存在ですよね!!
私の場合は35年のバンド歴で5回ぐらいバンドを変えているのですが、
ずっと同じベース屋さんと動いてましたよ・・・W
そうなんです、最初合わせた時から「やりやすい!」と感じたので
 逆にベース屋さんにくっついてバンドを変えていったんです・・・m(__)m
ベースはリズムと上物をくっつける接着剤であり、バンドの核であると
私は思います・・・m(__)m

>35年のバンド歴で5回ぐらいバンドを変えているのですが、ずっと同じベース屋さん

それは凄いですね!
もうここまでくると一心同体なのでは。

>最初合わせた時から「やりやすい!」と感じたので

これ大事ですよね。
理屈じゃなく、相性というか。

ヴィネガーやチェンバースなど引っ張りだこだった「ファーストコール・ベースマン」って、きっと多くのジャズマンから「やりやすい!」と思われていたんでしょうね。

くまが集う喫茶店さんからのコメント。

ドアーズの3rdアルバム
『太陽を待ちながら』に
収録されている
『スパニッシュ・キャラバン』
でリロイ・ヴィネガーが
ベースを弾いてます。  
(^^♪

こちら

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わぁ、久しぶりにドアーズだ、ジム・モリソンの声いいなぁ、なんて思いながらクレジットを見ていたら、
ん?!

Acoustic Guitar: Leroy Vinnegar

リロイ・ヴィネガーがギター?!

ウォーキング・ベースの名手は、スパニッシュギターの達人でもあった?!!(笑)

くまが集う喫茶店さんからの返信。

いや、このクレジットが 
間違ってますよw ベースです
(^o^;

やはりそうでしたか♪

永井勉さんからのコメント。

モンクだらけの永井です・・・m(__)m
まだ 01 – Walk ON しか聴いていないのですが
この人のベースでギター弾きてーと思いました・・・m(__)m
なんだかわからないんですが・・・???
出音が温かくて・・・ヘタウマな感じなんですけど
この人のべースでソロ弾きたいなと思わせる何か不思議な魅力があります・・・m(__)m

自分はベースの人なので、ギターの人が求める「いっしょにやりたいベース」はどんな感じなのかは、おぼろげながら想像するしかないのですが(動画ではピアノ弾いた時のベースが堅実で良かったという話はしていますが)、やっぱりヴィネガー、そうでしたか!

あたたかな音色、ヘタウマな感じ。

⇒おふくろの料理? 婆ちゃんの郷土料理?

……違うかw

博 橋本さんからのコメント。

「歩いて帰ろう」
ジミー・リードにも歌わせたい(^ ^)

おお、ジミー・リード!
いいねぇ!

博 橋本さんからのコメント。

“Honest I Do” ♫♫ 🎵🎵

カトウシュンさんからのコメント。

早速リロイ・ヴィネガーの「オン・ザ・サニー・サイド・ストリート」を聴きました。
確かに高野さんの言う通り派手なベースソロを弾かずボンボンボンとリズムを刻み、最初は地味だなぁと思ったのですが徐々にリズムを刻むベースにハマっていきました。
トリオ作品もあるので、これからチェックしていこうと思います。
ヴィネガーはイイネ!!

ヴィネガーはイイよ!!w

出雲 光さんからのコメント。

おはよう御座います。
私もスイングジャーナルで紹介されたレコードで発見したレコードを発表します。1、アイリンクラールwhere is loveです。

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2、ドクタージャズ盤のテレサ・ブリュワーズのスイングジャズふうの盤です。
これらのレコードは、スイングジャーナルに載ってなかったら知ることは、なかったと思います。

テレサ・ブリューワーのアルバムは、『ザ・ソングス・オブ・ベッシー・スミス』ですか?
ベイシー楽団がバックのやつ。

出雲 光さんからの返信。

A面は、バックは、グレン ミラーとベニー グッドマン 楽団、B面は、トミー ドーシー ジミー ドーシー楽団
です。後A面B面にそれぞれ懐かしのヒット ソング メドレーが入っています。キング レコードが発売元です。ドクタージャズ第1回作品と書かれています。プロデュース、ボブ シールです。

追伸解説書を見るとバックは、オリジナルバンドではなくて、ディス ビック バンドで、グレン オサーという人の指揮編曲でテンポも早くよりスイング感が出る用にアレンジしています。

情報ありがとうございます。
予測はずれちゃいました。

とはいえ、テレサ・ブリュワーズは、ビッグバンドをバックに歌うのが似合うヴォーカリストですね。

TAKESI0506さんからのコメント。

アイリン・クラールのwhere is loveは懐かしいですね。
邦題は「恋の行方」でした。このアルバムはスイングジャーナル76年度のジャズディスク大賞のボーカル賞をとっていますね。粟村さんもボーカル部門の一位にこのアルバムを挙げていました。

 アイリン・クラールはジャッキー&ロイのロイ・クラールの実妹とのことですが、このアルバムではピアノだけをバックに実にしっとりと歌ってますね。
 因みに粟村さんは76年度ベストテン一位にマイルスの「プラグドニッケル」、第二位にセイル・テイラーの「黙舌」を挙げていました。

 76年6月号のプラグドニッケルの評文は粟村さんと油井正一さんが書いてますが、二人とも5星を付けて大絶賛。

粟村さんは
 久しぶりにマイルス・デイヴィスの演奏を聴いたという気分になった。奔放自在なリーダーのトランペットを中心として、ブラックホーク以来の熱気が護られて来たような印象でわれわれを圧倒する。トニー・ウィリアムスの力演と共に話題の一作となるであろうことは確かだ。

 電化マイルスにあれほど拒絶を示していた粟村さんも、このレコードには脱帽といった感じですね😁

『マイルス・イン・トーキョー』評もそうでしたが、エキサイティングに吹きまくるマイルスを評価していますよね。

『ビッチェズ・ブリュー』前後からは、グループ表現色が強くなってきているので、そこらへんに好みや求めるものの違いを感じたのかもしれませんね。

出雲 光さん⇒TAKESI0506さん

返信ありがとうございます♪♪流石に高野さんが師匠呼んでいるので詳しいですね。私は、頭の片隅に残っている位です。確かレコードを聞いた時
、買って良かったと思った事とアンバートンの雰囲気に似てるなということでした。他にもスイングジャーナルやジャズ批評で探したレコードが何枚かあります。本当に返信ありがとうございます。

TAKESI0506さんからの返信。

粟村さんは、ビッチェズ・ブリュー発表直後にアメリカに渡って、いろんなグループを聴いたそうですが、その中で最大の感動はマイルス・セクステットだったそうです。
 実演に聴くマイルスは、彼の過去のいかなるレコードにも記録されていないような凄まじいハード・ブローイングの連続で聴衆をノックアウトしたそうです。
 ビッチェズ以降を認めなかった粟村さんも、レコードと生演奏の違いを思い知らされたのかもわかりませんね😓

最大の感動はマイルス・セクステット
⇒理由:マイルスの凄まじいハード・ブローイング

『幻の名盤読本』のタル・ファーロウ評からも感じましたが、粟村さんはやはり「個人の力量」「個人の表現力」に重きを置かれていた方のように推察することが出来ます。

『ビッチェズ・ブリュー』発表直後といえば、1970年3月30日以降です(録音は1969年)。
セクステットとのことなので、おそらくは『ブラック・ビューティ』の頃のマイルスのライヴを「観戦」したのではないかと思われます。

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『ブラック・ビューティ』の録音は同年の4月10日ですし、編成も以下の6人だからです。

マイルス・デイヴィス(tp)
スティーヴ・グロスマン(sax)
チック・コリア(electric piano)
デイヴ・ホランド(b)
ジャック・ディジョネット(ds)
アイアート・モレイラ(per)

『ビッチェズ・ブリュー』の場合は、グループ表現として各楽器の有機的な絡みや、キメの箇所のみを何度もリハ&録り直したりしてテオ・マセロがテープ編集をするという映画的なスタジオワークの比重が多くを占める作品かもしれませんが(そのぶん、「アーティスト」としてではなく、「いちトランぺッター」としてのマイルスの存在が薄まると感じる人もいることでしょう)、しかし、6人編成というコンパクトなライヴ用の編成では、「いちトランぺッター」としてのマイルスの「プレイ」を存分に堪能できたに違いありません。

同時期のマイルスのスタジオ作品は評価していないにもかかわらず、ライヴは評価している。
このことから見えてくることは、粟村さんは、「プレイ(演奏)」の評価はすれども、「ワーク(スタジオ芸術)」を評価する視点や基軸がなかった、ということです。

従来のジャズを評論してきた視点とは明らかに異なる価値基準が必要であると判断したのかもしれず、であるとすれば、わからないものは無理して褒めない。鍵谷幸信先生のように無理をしてでも難解な言葉を弄した文字を連ねるよりも、わからないものには無理して迎合しない。潔いといえば潔い姿勢だったのかもしれません。
(ビッチェズ・ブリューのことをどう評していたのかは分かりませんが)

TAKESI0506さんからの返信。

粟村さんのアメリカ渡航の話は、スイングジャーナル70年7月号から始まる「論争有用」という企画において書かれたものです。粟村、岩浪、中村とうようの三人が、まず岩浪さんから自分の意見を述べ、次号でそれに対して粟村さん意見を述べ、次号で中村とうよう、という順で意見を戦わすという趣向です。
粟村さんの文章の一部分はこのようになってます

 今回僕がアメリカで聞いた幾つかのグループのうちで最大の驚きは生で聞いたマイルス・デヴィス・セクステットの素晴らしさであった。いま話題の「ビッチェズ・ブリュー」は帰国後に初めて耳にしたが、イン・パーソンのマイルスのラッパに感動した僕の耳は、容易なことではこの新作品の良さを受けつけようとはしなかった程である。正直に言って今に至るもなお僕には「ビッチェズ・ブリュー」の真価はよく分らないのだが、それはそれとして、僕の聞いたマイルス・デヴィスは過去のいかなるレコードにも記録されていないような凄まじいハード・ブローイングの連続で聴衆を圧倒した。無諭チック・コリアは家政婦の小母さん然とした風貌で僕の嫌いなエレキ・ピアノを弾いていたし、綺麗にヒゲを剥ったディブ・ホランドは意外なほど可愛い顔をして僕の大嫌いなエレキ・べースを弾きまくっていた。だがまことに不思議なことに、レコードではあれほど耳障りに聞こえたこれらの電化楽器のサウンドがステージの前に座った僕の耳にはほとんどなんらの抵抗もなしに入り込んで来るのだった。ナマだから音が良かった訳ではサラサラない。エレキピアノは狭いホールにこだまして常にもまして不愉快な音を発していたし、ホランドのベースはアタッチメントの具合がわるいらしく、時々「ジージー」という怪音を発するくらいに調子が悪かった。
 ではこのマイルスセクステットの演奏が僕を完全にノックアウトした原因はどこにあったのだろうか? 今にして僕ははっきりとそう言えるのだが、マイルスコンボ最大のスターは言うまでもなく御大のマイルス自身であり、圧倒的迫力で満座を攫った当のマイルスが、電化楽器のサウンドの中に特別なイマジネーションを求めている感じがほとんどしなかった――という点にマイルス六重奏団に対する僕の感動の最大の要因があったのでは――と思えるのだ。マイルスを含めたアメリカの一流ミュージシャン達が電化楽器のサウンドに寄せる関心は、海の彼方の我々が考えているほどには大袈裟なものではないように僕は思う。

 粟村さんのレコード評には「スタジオ録音の演奏にありがちな缶詰音楽の味気なさ」というフレーズが何度か出てきます。また多重録音などのテープ操作は認めようとしなかったところから察すると、全体としての出来よりも、個人のプレイの方に重きを置いていたいうことができるのかもわかりません🙂

エレピ嫌い、エレキベース嫌い、ビッチェズよくわからない。
でも、そんな時代のマイルスのエキサイティングなプレイは認める。

置き換えてみると、
スポーツでいえば、チーム競技よりも、陸上競技のように個人の技量にウェイトが置かれるものが好き、
テレビ番組でいえば、録画編集したものよりも、生放送が好き、
ということなんでしょうね。

しかし、よくもまあ「家政婦の小母さん然とした風貌」とか、「意外なほど可愛い顔をして僕の大嫌いなエレキ・べースを弾きまくっていた」などといったファンの心を逆撫でするような悪態がポンポンと出てきますなぁ。このようなところも、粟村ファンにとっては痛快でツボだったのでしょうかね。

ま、意地悪く総括すれば、はじめて熱々のサンマ(マイルス)を食べた「粟村将軍“目黒のサンマ”米国旅行記」としても読めますよねw

『ビッチェズ』のような「缶詰音楽(手を加えすぎて冷めたサンマ)」に辟易としていた将軍様にとっては、(エレキ楽器による)ラフな調理の熱々サンマは目が覚めるほど美味だったのでしょう。

……ともいえます。
ひねくれ目線でとらえればw

TAKESI0506さんからのコメント。

私はロックやポップスからジャズに入りましたし、高校生の頃はロックもジャズも並行して聴いてましたので、ロックをかなり汚い言葉で罵る粟村さんには、当時はかなりムカついたのは確かです。
 次号の「論争有用」で中村とうようさんは、このように反論しています。

 ロックにたいして耳にフタしていて今日のジャズを語ることができるのか。マイルス・デイビスの演奏を生で聞き、「電化楽器のサウンドの中に特別なイマジネーションを求めている感じがほとんどなかった」と判断し、ロック嫌いの粟村は胸をなでおろしたらしいが、ロックをろくに聞かないで、何を基準にそのような判断を下すことができたのだろう。「演奏者が一時の手なぐさみやちょっとしたコマーシャリズムのつもりでやっている」うんぬんという判断にしたところで、自分を安心させるための口実としか見えない。彼自身すぐそのあとで「ロックとエレキが最大の話題というアメリカ・ジャズ界の沈滞ぶりは本当に悲しい」と本音を吐いているのである。

 私も、過去の記事を電子化しているのをいいことに、お手軽にコピペしてコメント欄に載せてますが、たとえ自分が信頼する人の文章であろうと、読む人にとっては気を悪くすることもあるのだから、もう少し吟味してから載せないといけないと反省しています。
 失礼しました😪

中山康樹さんの著書『マイルスを聴け!』の「聴け!」という言葉が命令調だからムカつくだの、上から目線だのと、言葉それ自体に反応してムカつくようなアホはいつの時代にも必ずいます。

岡田斗司夫氏は、そのような意味を考えず表面上の言葉にだけ反応する頭の悪い人は、世の中には一定数いるので、「そういう人はブロックしますワハハハ」と動画で語ってましたが、私も同じ考えです。

言葉の選択は、その人の価値観やボキャブラリーやセンスなど、様々な背景や個人差があるので、たまたまその人が選択した言葉が勇ましかったり、汚かったり、受け手の好みに合わなかったりすることもあるので、私はあまり、ひとつふたつの言葉には過剰に反応しないようにしています(ギャグやダジャレは別)。

そのかわりに、その言葉が使われる背景、文脈に注意を払うように心がけています。その言葉を選択した意図や意味は如何に?と。
だから、表面上は汚く感じる言葉であっても、そのシチュエーションにおいて適切であれば、わりと私はそれはそれで「良し」と思ってしまう性質のようです(ジャズの演奏も同様に受け取っています、だからミストーンもその瞬間にふさわしければ良ければよいと思っています)。

逆に、どんなに表面上は丁寧な言葉遣いであっても、その根っこに悪意や醜い自己顕示欲のようなものが過剰に感じられたり、意図的な誤読やスリ替えに気が付くと、「ああ、この人アホだ」とため息が出てしまいます。昔はカッとなって攻撃をしていましたが、今はもうそんなことはしませんけどね。そこまでの気力がないのと、しょせん人の根っこは変わらない・変えられないという諦観もあるからなのかもしれません。

なので、時折散見される粟村さんの激しい語調には正直なんとも感じていないんですよ。

わー、チック・コリアのこと「家政婦の小母さん」だなんて書いてる~!と喩えの面白さには反応はしますけれども、これは、その後の「マイルスただ一人」の凄さをより一層際立たせるための伏線ですから、その部分でムカついても仕方がない(ムカつく人もいるんでしょうなぁ、それで粟村さんは損をしてたんじゃないかな?ぐらいの受け止め方です)。

なので、何をいいたいのかというと、

>読む人にとっては気を悪くすることもあるのだから、もう少し吟味してから載せないといけないと反省しています。

な必要は、
「あまりないですよ!」ということです。

文脈を読み取れず、単語のみに反応するノータリンを意識するあまり、せっかくの興味深い流れが断ち切られるほうが私はイヤですね。

大切なのは流れなんです。
それはリズムであり、グルーヴであり、フレーズの堆積であり、これらを演奏者以外の第三者が断ち切ろうとすることは犯罪的ですらあり、許せません。

仮に、TAKESI0506さんが引用した記事の言葉に(そう、内容ではなく「言葉」に)、動物のような過剰反応する人物が出てきたら、私がブロックするのでご安心ください。
私だってイヤだしw

それに、こう言っちゃなんですが、キャッチボールを繰り返しながら、少しずつ議論を深めていける(少なくとも私にとって学びがある)相手って、そんなにいないんですよね。
TAKESI0506さんは、その少ない1人なのです。

流れの中で、適切なタイミングで、適切なフレーズ(ストック)を出してくる。
この、場を見極める能力と、タイミングの鋭さは、ジャズのインタープレイそのものです。

やはり、ジャズ好き人間としては、楽器を介してだけではなく、文字を通してでも、脳味噌がニヤッとくる瞬間を味わいたい(病気?w)。
特に、私の場合、プロのジャズマンでもないし、楽器だって巧いわけでもないので、それほど高度な音のアウフヘーベンなんてできるわけがありません。ただし、文字のほうであれば、少なくとも楽器よりは自由になれると思うので、「ジャズ的スリル」を提供してくれる人は貴重な存在なのです。

もちろん、思い出話をコメントに書き込むもよし、散文詩的思いつきエッセイ風コメントを書き込むのも良いし、「いーですねー、そうですねー、そうですかー、そうですねー」的なご近所さんとのやり取りみたいなこともべつに悪くはないと思ってはいます。

ただ、そればっかりだとなんだか刺激がないことも確か。

そこで、TAKESI0506さんのアーカイブなのですよ。

ただ単にデータを所有しているだけなら、自己満足なデータマンにすぎません。
しかし、TAKESI0506さんの場合は適材適所に興味深い資料をスパッと出してくれる。
これが、私にとってはタマラんのですよ。
フィリー・ジョーがリムショットでアクセントを加える「フィリー・リック」のようなものです。

ですので、どうぞお気になさらず。
リムショットを入れたフィリージョーは、そのことに反省しませんからw

で、話を本題に戻しますが、中村とうようさんの「ロックをろくに聞かないで、何を基準にそのような判断を下すことができたのだろう。」は、なるほどと思いました。

別に「ロックをろくに聞かないで」という韻に反応したいわけではなく(笑)、先日私が「基軸」についてを書きましたが、それと似たような内容を別な言葉で書かれていると思います。

▼これですね
「ワーク(スタジオ芸術)」を評価する視点や基軸がなかった、ということです。
従来のジャズを評論してきた視点とは明らかに異なる価値基準が必要であると判断したのかもしれず、であるとすれば、わからないものは無理して褒めない。

あと、こちらねw
>「ロックとエレキが最大の話題というアメリカ・ジャズ界の沈滞ぶりは本当に悲しい」と本音を吐いているのである。

これも、以前「僕が想い描いていた女優ではない」というような喩えを用いて、「虚像に恋して、虚像に裏切られる」と書いた(話した?)記憶がありますが、まさに粟村さん独特の症候群が発症したかな?!と思いました。

やはり非常に真面目な方だったのだなと。ゆえに、独自のジャズ観をしっかりと構築され、己にも他者にもストイックな姿勢を求めた方だったんだなと感じます。
だからこそ、多くのリスナーからの信頼を得ていたのでしょう。

しかし、カッチリとしているがゆえの柔軟性の欠如が、予測不能な事態の急変には対処しえなかった。
リアルタイムで経験していないからこその「岡目八目な傍から目線」にはそう映ります。

TAKESI0506さんからの返信。

いろいろお気遣いありがとうございます。
粟村さんの表現が、少し皮肉を利かしたような表現なので、高野雲さんも気を悪くされたかなと思っていました。
 粟村さんのものに限らず、他人の文章を載せるときは、やはり、その前に一度立ち止まってもう一度文章を見直したほうがよいと考えているところです。
 ありがとうございました😅

>高野雲さんも気を悪くされたかなと思っていました。
それはまったく無いです。

むしろ、その皮肉を効かせた言葉をなぜ使っているのかを考えたり、パンチを効かせた言葉から書き手の性格を妄想するほうに興味がいってしまうので、まあジャズ鑑賞とまったく一緒ですね(苦笑)。

なぜ、エレクトリックを使ったのかとか、なぜここでヘンな音を出しているのかとか、そういうことを考えながら聴くのが楽しいんですよ。

そういう意味では、粟村さんの文章は、格好な音源です。いや文字源です。
せっかくデータベース化されたテキストなので、今後も、ここぞという所に、ここぞというタイミングにスパッ!と投下してくださると嬉しいです。

出雲 光さんからのコメント。

スイングジャーナルで5星は、ハンチング帽をとって頭を下げているイラストがありましたが4星半は、確かワニの絵が書いてあったと思います。何故なのか当時から解らなかったので、あの絵の由来知ってたら教えて下さい。

TAKESI0506さん⇒出雲 光さん

スイングジャーナルの採点のあのイラストは、私が保管している一番古い号でも同じデザインです。その由来については、何かでよんだような記憶もあるのですが、どうも思い出せません。
 申し訳ありません😪

出雲 光さん⇒TAKESI0506さん

御回答ありがとうございます。ついでに日本人のバンドシャンシャンタイフーンの初CDの批評もスイングジャーナルに載ってるでしょうか。自分の記憶ではスイングジャーナルでみて知ったように記憶しているようなのですが?個人的に思い出のある経験をしているので。当時町の文化部長をしていまして夏祭りの出し物を何にするか考えた時このアルバムにある美は乱調にありという曲を私の妻と町のボランティア成人会とのコラボで公民館で練習を重ねて夏祭りの当日舞台上で披露した事があります。日本人の心にあるリズムで、踊り念仏見たいで夏祭りに良いのでわないかと。勝手な事お願いして申し訳ありません。スイングジャーナルでのこと考え出したら次から次へと思い出が出てきます。

TAKESI0506さん⇒出雲 光さん

私が保存しているスイングジャーナルは79年までのもので、お尋ねのCDはそれ以降のものと思われます。ご期待に添えなくて申し訳ありません😢

今晩わ、何時も目を通して頂きありがとうございます。今は、家に帰ると、アップルミュージックをiPadの Bluetooth機能を使い中華製BluetoothアンプにつないでBoseからジャズを流しています。肝は、アンプにつなぐスピーカーケーブルです。ウエスタンエレクトリックのビンテージ単線で糸の様に細いケーブルです。音が太く柔らかく繊細なところが気に入ってます。つくづく音楽好きにとっては、天国です。ジャズ好きにしてくれたスイングジャーナルには、感謝です。今もボーカルのバーバラ リーのアフターユーブゴーンを聞きながら、、、

追伸、iPadは、デジタルなので電源対策は、重要です。ここを怠ると、ノイズが乗って気持ちよく聞けたものでわありません。私は、米国製のトリップライトノイズフィルター付き電源タップを愛用しています。5890円ヤフオクで買いました。

尚樹 安藤さんからのコメント。

レッドミッチェル好きです。コンテンポラリーでハンプトンホースとのセッションも好きですが、何といってもジムホールとのデュオが大好きです。ビッグブルースの最高のジムのバッキングでのソロはたまりません。

レッド・ミッチェルもいいですね~。

尚樹 安藤さんからの返信。

返信ありがとうございます。鈴木勲さんとのベースクラブというアルバムがありますが、、その時鈴木さんがベースを借りると、チューニングが違って弾けなかったとかなんとか聞いたことがありましたが、、それで、あの音幅(特に低音)がとか思ったりしてます。いつも楽しいお話ありがとうございます😊。

>チューニングが違って弾けなかった

同じ楽器で違うチューニングを弾き分けられる人ってすごいですよね。
レッド・ミッチェルがまさにそうなんですが、頭がこんがらがらないのかな?と思ってしまいます。

たとえば、チェロとコントラバスはチューニングが違います。
ロン・カーターは、最初は大学までチェロを弾いていた人なので、ジャズでチェロを演奏する際は、チェロの正規のチューニングのままで弾いていたそうですが、オスカー・ペティフォードやレイ・ブラウンのようなベーシストは、チェロを演奏する際はコントラバス(ウッドベース)のチューニングに直して演奏していたそうです。

普通は(?)、自分のメイン楽器のチューニングのほうが馴染みがあると思うのですが、チューニングがオリジナルのままで弾き分けるって、守備範囲の楽器の延長線上としてではなく、別な楽器として演奏に臨むことなので、凄いなといつも思っています。

尚樹 安藤さんからのコメント。

そうなんですね。いろんな演奏者のセッションへの臨み方がそれぞれでおもしろいです。解説ありがとうございます。又 おもい深く、レコード楽しめます。

Ken Konishiさんからのコメント。

リロイ・ビネガーのウォーキング・ベースも素晴らしいですが、自分はダグ・ワトキンスが好きです!”Watkins At Large”は愛聴盤です^^!

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西のヴィネガー、東のダグワト。
甲乙つけがたいですね!

Tommy Jobimさんからのコメント。

今年になって、楽しく拝聴しております。Leroy Vinnegar いいですね。音がいいのは、Contemporary Recordsの録音も貢献していますね。このタイプのベーシストで小生が好きなのは、Bill Crow, Peck Morrison です。

ビル・クロウ、いいですね!
この人も、まさに縁の下の力持ち。
特に私は『アル・ヘイグ・トリオ』の彼のベースが大好きです。

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>>アル・ヘイグ・トリオ/アル・ヘイグ

Tommy Jobimさんからの返信。

早速の返信、ありがとうございます。アル・ヘイグもいいですね。ピリオド盤を愛聴しておりました。
今度ぜひ、アル・ヘイグ の特集をお願いします。

そういえば、アル・ヘイグは『インヴィテーション』ぐらいしか紹介していませんでした。

こちら

独特な味わいのあるピアニストなので、検討してみたいと思います。

田村昌久さんからのコメント。

雲さん!ご無沙汰しております。
やっとやっと ヴィネガーを取り上げていただき さすがに投稿させていただきました🤗
ジャズを飽くほど反吐が出るくらい聴いてきたら やっぱり後乗りで主張しないのがジャズベースでヴィネガーやサム・ジョーンズやダグ・ワトキンスが入ってるとごちそうになります😅
ペデルセンもバックで弾いてる時はいいのですが、ソロになると おいおい余計なことするな!と言いたくなります😂
エディ・ゴメスなんかは、津軽三味線を弾いてるのか!と言いたくなり胸焼けします🤣🤣🤣
雲さんも アートアンサンブルオブシカゴや セシル・テイラーを取り上げていたと思ったら 少し時間が経つとこんなヴィネガーを取り上げるなんか ジャズ聴きのその時その時の趣向が変わるところが 本当に理解出来ます🤗

ヴィネガーと言えば コンテンポラリーレーベルですが、私は やはりロイ・デュナンとの相性も良かったのかなと思っています😉
雲さんの取り上げておられたロリンズのハウ・ハイ・ザ・ムーンなんか 緊張感ゼロで本当にいいですよね🤗

でも 私は、1番好きなヴィネガー入りのアルバムは、サージ・チャロフのブルー・サージです😉

このジャズ好きにはたまらないパーソネル 雲さんならよくよくわかってくれますよね🤗

>エディ・ゴメスなんかは、津軽三味線を弾いてるのか!と言いたくなり胸焼けします🤣🤣🤣

そっかぁ、津軽三味線だと思えばよかったんだ!(笑)

>ロリンズのハウ・ハイ・ザ・ムーンなんか 緊張感ゼロで本当にいいですよね🤗

緊張感ゼロ(笑)。
ほっとする演奏であり、時にはっとする演奏でもあるので大好きです。

『ブルー・サージ』はなかなか目のつけどころが渋いですね。
なんたって、ピアノはソニー・クラークだし、ドラムはフィリー・ジョーだし、もう言うことなしです。

EnjoyableJazzForOldAgeさんからのコメント。

ウエストコーストによく出るbでもう一人、モンティバドウィッグを忘れてはなりませんヨ😊
本多俊夫さんはバドウィッグに因んでモンティと名乗ったそうです。
処で、リロイビネガーで永年気になって居りました事が御座います。
今では当たり前になった「いつもは弦を押えるだけの筈の左手で、頃合を見計らって時折ポン!と弦をはじく奏法」(こういう奏法は何奏法と云うのでしょう?)これを1950年代で実施していた多分最初のベーシストではないかと思うのです。この見立ては正しいでしょうか?

同じくベースを弾く北海道から出て来たばかりの原田和典君が、高田馬場イントロのブラインド大会に突如現れたのは中々の衝撃でした。

デモテープを持ってきたので一同聴いて欲しい、と云うのです。
スマタの茂串さんが(あんな性格なので)面白ぇな、聴いてやるよ!とテープデッキの再生ボタンを押すと、出て来た作品はアラダーペゲか国仲勝男か?という感じのフレーズをエレキベースで掻き鳴らしながら、ひたすら「やめろ~!消費税~!」と絶叫するリフの凄い作品でした。

何だこの子は!?おとなしくさせねば!という感じでしたが、ブラインド大会本編が始まると、誰も当てられなかったジミードーシーのソロを不思議ちゃん少年の原田君一人だけピタリと当てたのには一同驚きました。益々もって何者だこの子は!?です。

今では大御所の彼には失礼至極ですが、風体も口の利き方も独特過ぎる彼は当時誰にも相手にされず、とても気の毒でした。
ある日突然、直ぐ近くまで来ているのでレコードを聴かせて欲しいと、なけなしのお小遣いで土産の苺ケーキを手に、都心から1時間近くかかる私の家まで来た時はぶっ飛んでしまいました。
棚からありったけのレコードを床に並べて論評するのです。
「このレコードを持ってとは中々好いセンスじゃないですか(ニヤニヤ)」
「こんなのを喜んで聴いてるんじゃダメですねぇ!(険しい表情)」
などなど、苺ケーキを頬ばりながら原田少年からジャズファンとしての品定めを賜った時には開いた口が塞がりませんでした😊
そんな彼ですが、ファビュラスファッツナバロを聴いたことが無いのでカセットテープに取って欲しいと頼まれたのは意外でした。
今となっては愉快な思い出です。

上京後の若き原田氏の話、面白かったです。

>「いつもは弦を押えるだけの筈の左手で、頃合を見計らって時折ポン!と弦をはじく奏法」
うーん、上記テキストだけだと、どういう状況かよくわかりません。
具体的にこの音源のこのヘンの音、とかあるいはこの画像のこのへんというような指摘があれば良いのですが……。

EnjoyableJazzForOldAgeさんからの返信。

手っ取り早く誰でも聞いた事のある名盤で探してみました
こちら
1:11 1:14 1:39 2:09 2:16 2:24 2:30 3:05 3:20 3:30
1956年マイフェアレディの一曲の中で約4分間にこれだけ「例の奏法」をビネガーがしている事に今回気付きました。

手元の映っているビデオが見つかりました
https://www.youtube.com/watch?v=B1U4e4k0Crk
1:23に登場(フェードで消えかかっているのが微妙な映像ですが、例の奏法箇所で右指はシンプルにしか動いていないように映っています)

80年代当時イントロのレコード番頭兼ジャムのベーシストをしていた板橋氏に、これは左指で弦をはじくと出来るんだよ、と教わりましたが、彼も奏法名は良く判らず「左手パッチン」とお茶を濁して何時も笑って居りました😊

わざわざ音源と動画探してくださってありがとうございます。
なんとなくわかりました。
これ、奏法名あったかなぁ? まさに板橋氏が「左手パッチン」と呼んでいたように、私は「指を逃がす」とか「指逃がし」みたいな言い方をしていたように思います。

ただ、シェリー・マンの《教会に間に合うように行ってくれ》のヴィネガーのベースでご指摘の箇所は、正直「左手パッチン」なのかどうか分からないです。

これ、私も昔よくやっていた奏法なのですが(これも名無し奏法)、弾いた弦のすぐ隣の弦(たとえば1弦だったら2弦)で空ピックでゴーストノートを一瞬「ブルン!」とさせて躍動感を増すやり方のようにも聴こえるところも多いんですよ。

「左手パッチン」は一番細い1弦がやりやすいんですが、私がやると勢いあまって弦が指板の外側の角にぶつかったり擦れたりして「ミヨ~ン!」と高くて間抜けな音が出ちゃいがちなんですよ。
そうじゃない場合も、「指逃がし」をすると、割と硬質で固めな音になってしまうので、あくまでヴィネガーの音だけからの判断ですが、左手だけで「ブルン」させているんじゃなく、隣の弦を一瞬鳴らしてミュートしているんじゃないかと思うんですよ(あくまで推測です)。

ベースって弦を指ではじくと、はじいた指の向かう先は隣の弦なんです。たとえば1弦を弾くと、弾いた直後の指は隣の2弦に向かい、2弦が指の勢いをストップさせてくれます。しかし、ここで指をストップさせずに、そのまま勢いに乗じて一瞬だけ弾いてしまう。音程が判別できる前にミュート(音を消す)してしまうので、ゴーストノート的な音で躍動感を生み出すというやり方です。

ギタリストがコード弾きで空ピックを多用したり、ジャコが《ザ・チキン》のような16ビート系のベースラインの至るところにゴーストノートを混ぜて、リズムに推進力をもたらす手法に近いのかもしれません。

この方法だったら、比較的初心者にも弾きやすい方法なので、私の場合、ベースはじめたての頃、偶然この弾き方を発見した時は嬉しくて、サルのようにこればっかりやってました。
もちろんやりすぎはクドくなるので、自制心が必要ですが(笑)、ヴィネガーはセンスよく織り交ぜてますね。(もし、私が推測した奏法であれば、の話ですが)

この「隣弦ゴーストノート奏法」は多用するベーシストと、あまりしないベーシストに分かれますよね。
ペデルセンなんかは、「左手パッチン」と「隣弦ブルン」をうまく混ぜながら、退屈しないベースラインを弾くタイプだと思います(時としてクドく感じることもあるかも)。

それに対して、ポール・チェンバースはあまりやらないタイプかな、と。
そのかわり、開放弦をズドーンと効果的に鳴らすことで流れに変化をつけながら、それで稼いだ一瞬の時間を、自分の左手のポジション移動にも活用するという一石二鳥効果を狙うタイプだと思います。もちろん、曲のキーによっては、あまり使わない場合もあります。たとえば、《クレオパトラの夢》のように♭が多いナンバーでは、あまり開放弦を使えないので黙々と刻んでいるだけだったりのこともあります。

ヴィネガーの場合、ロリンズのコンテンポラリーの《ハウ・ハイ・ザ・ムーン》のベースラインでは、3連符の3つの音符の最初と2番目の音をくっつけて、最後の3番目の音をもう一回同じノートで弾く箇所も多いと感じました。「ド・レ」と弾くところを、「ドードッ・レーレッ」と分割する感じ。
これなら、ほとんどのベーシストが弾いていますね。
トリスターノ派のピーター・インドのようなタイプは別として(厳しい師匠から「遊びをいれるな」と言われたかどうかは分かりませんが)。

こういうのって、ベースを弾きながら解説するのがいちばん手っ取り早くて早いんですが、文字だけだと、言語化するのが、すごく大変ですね…(汗)。

早春さんからのコメント。

最近ブログにDexter Gordon の記事を書こうと、意識してDexter を聴いています。すると“Landslide”というアルバムを見つけました。後半3曲ソニクラが入っているというのでパーソネルを確認すると、何ということでしょう、Ron Carter と共演しているではないですか! 表記ミスかと思いながら聴いてみると確かにRon Carter でした。

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ところでRon Carter ってソニクラと共演してもロン・カーターなんですね。ソロを聴いていると微笑を浮かべたロン・カーターの顔が浮かんできました(笑)。

そう、ロン・カーターなんです。
何ということでしょう(笑)。

>ソニクラと共演してもロン・カーターなんですね。
たしかに!
ロン・カーターはいつでもどこでもロン・カーターですね~。