先日アップした動画「正解はマル・ウォルドロン作曲の《レフト・アローン》」(こちら)に視聴者の皆さまよりいただいたコメントへのアンサー動画をアップしました。
永井勉さんからのコメント。
聴いた事があるメロディーなんですが・・思いだせませんでした・・・
超悔しいです・・・😅😅😅
今戸の狐さんからのコメント。
動画の中に隠されたメッセージが!
「ボブ・ドロー」つながりのあのアルバムに収録されてますね。居酒屋で「焼き鳥」をつまみながら焼酎『魔王』をグイッと一杯🍶
>隠されたメッセージ
す、鋭い!
でもですね、じつは、録音した後になって気が付いたんですね。
動画をアップロードしている時に、あれ?っと「つながり」に気付きました(笑)。
いつも、ベースで何のメロディを弾こうかは考えずに、勢いで録音を開始してしまうことが多いのですが(そして喋りながら今回は何を弾こうかな?と考えているという←テキトーですね)、無意識に「あのアルバムのラスト⇒だから冒頭」って考えていたのかもしれません。
>居酒屋で「焼き鳥」をつまみながら焼酎『魔王』をグイッと一杯🍶
う~、我慢できなくなったので、私もこれから焼き鳥食いにいってきまーすっ!!
ドロマスさんからのコメント。
ショーターからのハービーのクリアーなピアノが気持ちいいですねー🎵
さすが!
そうそう!
博 橋本さんからのコメント。
『遂に王子様が・・・』
ついに闇の王子登場!!😬
kamaichi2002さんからのコメント。
“Price of darkness”ですね~。これは中二のとき長谷に住むキクタ君の家で、そのアニキに聞かせてもらいました。なんとも面妖な気持ちになりました。不思議なメロディー…。
このころのマイルスバンドは本当にすごいことをやっていたと思いますよ。完全にショーターがバンドを支配していますね。
思わず「ソーサラー」をうちの爆音オーディオで(控え目にww)聴いてしまいました。
爆音オーディオで思い出したのですが、また拙宅でオフ会やりましょう。たいていの日祝日は空いております。
当方酒は飲めぬ身ですが、皆さんが持ち込みの酒で酔っぱらうのは大歓迎です!
ご検討ください。
>このころのマイルスバンドは本当にすごいことをやっていたと思いますよ。
ほんと、おっしゃるとおりだと思います。
その凄さのベクトルが、同時代のコルトレーン(亡くなった年ですね、そういえば)のように力任せとド根性なところとはまた違う方向に向いていて、どこまでも感性と知性で音場をコントロールしようとするところに拘り、それがまた完成度の高いサウンドとして結実しているところに驚きを禁じえません。
なんて、わかったようなこと書いてますが、このことを実感するまでにかなりの年数を要しました(笑)。
やっぱり、このあたりのマイルスは、染みてくるのに時間がかかるのかもしれません(それは私だけ?)
オフ会、いいですね。
私は酒なしでも盛り上がれるタイプなので、お気になさらず。
5月の連休あたり考えてみましょうかね。
TAKESI0506 さんからのコメント。
80年のスイングジャーナルにボブ・ドローがチャーリー・パーカーと「ヤードバード組曲」についての想い出を語ってます。
『幸い、僕はアップタウンの136丁目とブロードウェイの角にあったウィリアム・ヘンリー・ホテルに地下室があるのを知っていた。実際、そこで巷でいわれる“ウィリアム・ヘンリー・テープ”が出来たんだ。それもほかのいろんなのと一緒に海賊盤として出回っているはずだよ。ここは、バードがちょうどのぞきにきてはジャムっていくところでね、あの時何度かピアノに触わっといて良かったなあ、バードと共演したって言えるからね。ジミー・ネッパーとかジョー・マイニとかが中心になってやってたんだ。それからしばらくして、バードとは1回だけ一緒に仕事をしたことがあるよ。ちょっとの間、彼と話をすることができてね、多分『バードランド』で僕が話しかけたのかもしない。時々ね、まるでお前なんか見たこともないみたいなふりをするんだよ、機嫌の悪い時はね。いつもはとっても気さくなんだけど。それはともかく、この仕事は、アーカンサス出身のバディ・ジョーンズっていうベースが取ってきたんだ。こいつは、バードのおかかえ運転手みたいなことをやってたんだ。キャデラックに乗っててね。ある時、彼がニュージャージーのニュー・ブランズウィックヘバードを乗せてったことがある。それがまた、世に言う“ニュー・ブランズウィック・テープ”として残っているわけだよ。で、バディ・ジョーンズは、エレベーターなしの4階の僕の部屋まであがってきた。7時半頃だったかな、『おい、今晩仕事入ってるか?』とね、彼がいうんだ。僕が『いいや』というとね、彼いきなり、『帽子とコートをとって、おまえに仕事が入ったぞ!』というんだよね。『よし!』と僕が答えたら、彼、なにもいわないんだ。僕は下へ降りていって、バディのキャデラックに乗ったんだ。そしたらね、『今日の仕事はチャーリー・パーカーだ』っていうわけだ。僕は思わず、『なんだって!』と叫んだけどね、彼がいうには、バードがリズム・セクションを探してきてくれと頼んだそうだよ。
何年だったか忘れたけど、バードは片足をくじいてギブスをはめてたよ。バンド・スタンドにあがるのに、手を借りなきゃならなかったし、演奏中も足を伸ばしたままにしてたよ。あれはジャム・セッションみたいな感じだったね。彼が曲を出すんだ。僕達みんなが知っているような曲ばかりね。彼は誰をも不快にさせなかったよ。あの晩の顔ぶれには驚いたねえ。ワーン・マーシュにリー・コニッツなんだよ。あの2人なんかは、いつも別の音楽グループにいるのだと思っていたからね。トリスターノ・スクールね、なんといったって、やっぱりバードは好きだったんだなあ。
アニー・ロスとエディ・ジェファーソンを聴いて、僕は、アドリブ・ソロに歌詞をのっけて歌うってことにこりだしてさ。ほら、〈ムーディズ・ムード〉とか〈トゥイステッド〉とか〈ファーマーズ・マーケット〉とかああいうのさ。僕も、プレス(レスター・セング)の〈ユア・ドライピン・ミー・クレイジー〉のソロに詞をつけたことがあったけど、放ったらかしにしたままでね。これが第1作で、何か一つは必ずチャーリー・パーカーのソロに挑んでみたいと思っていたんだ。そしたら、彼が死んだんだよ。で、僕は〈ヤードバード組曲〉が大好きだったから、バードのものでは、これが一番覚えやすいメロディーのように思えたし、彼の曲はリフが多かったけど、これは正真正銘の歌だったし、後で聞いたらね、バード自身この曲に歌詞を書いてたらしいんだけど。そんなわけで、僕はバードの生涯を歌うことに決めたんだ。それは1956年にベツレヘムへ録音してあるよ。その前にも、〈ドント・フレーム・ミー〉もやってみようかなあと思ったことがあるんだ。彼の〈ドント・フレーム・ミー〉は素晴らしかった。いつかやってみるよ。
〈ヤードパート組曲〉に戻るとね、まるで骨を加えた犬コロみたいにさ、2週間の間、僕はそれにかかりっきりだった。地下鉄の中、自分の部屋、道を歩きながら、フレーズをおもちゃみたいにころがしてね。あれは実に盛りあがるよ。まず、詞をつける前にソロを全部覚えなきゃいけない。バードのソロ・コピーに関しちゃ、ドン・ラムフィアの右に出るものはなかった。それにジミー・ネッパーもうまかったな。彼らのメモは、今頃どうなってるんだろう。
彼が元気だった頃、僕らはみんなバードのそばをついて回ったもんだよ。ありゃ、狂気じみてたね。グルーピーみたいでね。でもさ、いつどこで彼が何を吹きだすかわからないわけだよ。ワイアー・レコーダーを持ちこんだ人達が、あれだけのものを録音したってことが僕は嬉しいね。ああいう人達こそ、本当の音楽学者なんじゃないのかな。だって、大昔の失われた文化の破片を掘りおこすんじゃなく、今起こりつつあることをやってたわけだから』「ヤードバード組曲」というと、もちろんチャーリー・パーカー版も良いのですが、「フォー/ハンプトン・ホーズ」も仲々の名演ではないかと思います。
パーカーが《ヤードバード組曲》の歌詞を書いていたとは知りませんでした。
「ゴルフの4」ですねw。
>「フォー/ハンプトン・ホーズ」も仲々の名演ではないかと思います。
バーニー・ケッセルのギターがいいですね。
ハンプトンのパキッとしたピアノに、固く引き締まったレッド・ミッチェルのベースと、シェリー・マンのドラムのリズムが躍動的。
《ヤードバード》は、曲調がカラッと明るいので、西海岸の人たちのカラッとした演奏がとてもよく似合いますね。
永井勉さんからのコメント。
悔しい~~~
1967 Sorcererを浅く聴いてました
01 Prince of Darknessですよね・・・
😅😅😅
そうでーす!
>01 Prince of Darknessですよね・・・
ただね、私も、他の人がベースでこの曲のメロディ弾いて「これなーんだ?」と出されたら、答えられないかもしれません。
あのシンバル、あのピアノ、あのトランペットとテナーの音色が一体化してこその「あのメロディ」的なところがありますからね。
なんか、メロディの一部分だけを切り取って、低音で弾かれても、ピンとこないのは、とてもよく分かります。