市岡仁・著『チャーリー・パーカーの音楽』について

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先日アップした動画(⇒こちら)へのアンサーとともに、異色の(?)ジャズ評論家・市岡仁さん著の『チャーリー・パーカーの音楽』という自費出版の本について語った動画をアップしました。

コメント紹介

いただいたコメントを紹介します。

EnjoyableJazzForOldAgeさんからのコメント。

異色の鳶職ジャズ評論家市岡さんを高野さんの動画で三たび取り上げられてとても嬉しく思います。
私は市岡さんには十数年ホットクラブオブジャパン他シーバードの会合で可愛がって頂きましたが、普段はとても温和な方でした。毎月二回お会いしていた関係にも拘わらず、私もこの本が出た時まで、市岡さんがこんなに過激だったとは知りませんでした。

ジャズの会合ではいつもニコニコしながら、恥ずかしそうに顔や頭を掻きながら持参したレコードの解説をする方でした。
一年中作務衣姿で、真冬はマフラーを一本増やすだけでした。

御父君が書道の大家ですが、仁さんから頂いたお手紙は小学生のような字でこれまたギャップが凄かった思い出です。

唯一、過激だなあ、と感じた時は、新宿花園神社で開かれる酉の市へ遊びに行こう、と誘って戴いた時でした。
酉の市を愉しんだ後とあるジャズ喫茶で二次会にしよう、となりました。
そこで見知らぬお客さんと市岡さんが口論になってしまったのです。
口論で終わらず、遂にパンチが飛んでしまいました…
一発殴った後、私には再びニコニコ接して下さったのですが、あの時は本当に驚きました。

若しかすると「チャーリーパーカーの音楽」に過激に描写される内容に新宿のお客さんは触れてしまったのかな、と後に思いました。

急逝された時、お香典返しに御父君は全国共通レコード券を送って下さいました。そのレコード券でWadeReggeトリオのCDを購入させて戴きました。それを聴きながら優しくして下さった市岡さんの思い出に浸っています。
WadeLeggeですが、日本ではウエイドレッグ(若しくはレグ)と表記されますが、本当は何と発音するのか?ホットクラブで話題になった事がありました。
当時ドラマーのJoeHarrisが日本人の彼女と東京に住んでいましたので会合に招く事が何度かありました。油井先生がハリス氏にLeggeの名前について尋ねると、共演者の間ではレギーと呼んでいた、と回答があり、日本のジャズファンの積年のモヤモヤが晴れた一夜となりました。

市岡さんの「クールストラッキン」確かに違和感大ですね、口頭でもたびたびストラッキンと仰っていました。「ストラッキン」が出る度に、ストラッティンだよ市岡さん、と心の中では思って居りましたが、これは多分ジャズ喫茶族へのアイロニーだったのでは?と今思います。
市岡さんは白人テナーのJerryCokerと懇意に文通されていましたので、知識の何分の一かはコーカー氏から仕入れていたかも知れません。
是非この本が、有志の手で復刊されることを祈っております。

貴重なコメントありがとうございます!

勝手に思い描いていた私の「市岡仁観」が(良い意味で)くつがえされた思いです。

ムーチョ-TenorTbさんからのコメント。

雲さんの知り合いの「ジャズ喫茶破り」、、、恐るべし。あれは嫌い、これは嫌いって言ってるところはジャズポリスみたい。だけど、ジャズについてめっちゃ知っているところを見ると、ポリスなんかじゃなく、好きなことをめちゃくちゃ極めた人みたい、、、すごい、、、!

まあ変わった方ではありましたけど、いま横行しているマスクポリス(マスク警察)よりは、マトモな人間味あふれる方でした。

Kawai Andyさんからのコメント。

Jazz Legends-ダウン・ビート・アンソロジーでのインタビュー記事でモダンジャズとは何ですか
に訊いていたところを思い出した、パーカーは「Jazzに超絶技巧を持ち込んだ」と云っていたなぁ。

持ち込んでくれたおかげで、後々の楽器奏者は苦労、、、いや、刺激を受けてパーカーに追いつけ追い越せとばかりに奮起した、、、という意味では、パーカーの出現って、ジャズの歴史の中では、かなりエポックメイキングな出来事だったと思います。

御駄賃取郎さんからのコメント。

ジャズを聞き始めておよそ50年となりますが、一応しらべたらパーカーのレコードは70枚くらいもっていましたが、過去夏休みなどになると「パーカー強化週間!」と自分で決めて我慢しつつパーカーだけを聞いたものです。
このあたりは高野さんのご経験に近いです。w・・で結果はやはり凡人の私には「豚の耳に念仏?」のごときにしか理解できませんでした。以来自分にはパーカーは理解できない=趣味の対象とはならない=苦手だ、と決め込みレコードも買わなくなりました。パーカーの本も10冊くらいよみましたがやはり???でした。要するに嫌いなので聞かなくなりました。すると周りの仲間からは「音楽のわからぬ奴」とバカにされるようになりました。しかし「趣味の娯楽になぜ理解が必要なのだ?」と思います。今では「パーカーはジャズを高めたが、逆にジャズを特殊な音楽にし、芸術としてのジャズを目指す人だけのアイドル・伝説となった」と思っています。

パーカーのレコード70枚!
それは凄い!
( ゚Д゚)

さらに、パーカーの本も10冊!
それも凄い!
(;゚Д゚)

喰わず嫌いではなく、きちんとご自身のほうからパーカーに近づこうと努力をなさって、それでもダメなら仕方ないと思います。

だって趣味なんだし。

でも、なんていうのかなぁ、特に昔のジャズ雑誌読んでいると、趣味を趣味で終わらせないというか、そういう雰囲気がムンムン漂ってますね。

たかが聴くだけのことに(なんていうと失礼かなぁ)、「修行」の要素みたいのが持ち込まれているような気がするんですよね。

「道(どう)」というか、なんかそういう精神修養的な感じですかねぇ。

武道や茶道ならわかるけど、ジャズ聴くのに「道」というのは、なんというか、どうなんでしょう?

武道、茶道、華道などには、それぞれ「~流」とか「~派」などの流派がありますが、ジャズにも「油井流」とか「岩浪派」とか「鍵谷術」、「裏平岡家」なんてあるのかしら。

あ、そういえば、一時期「吉祥寺派」とか「四谷派」などと分類されていたことはありましたね。

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