ブルーノート新主流派とマイルスのショーター参加4部作

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サンジョルディさんからのコメント。

【知ったかぶりの若旦那と、知らないとは言えないご隠居の会話、あるある】

<若旦那>
ご隠居、日本人とアメリカ人では、ジャズの好みが違いますでしょ?

<ご隠居>
若旦那は、いつも藪から棒ですな。
まあ、同じ人間だから共通点も多いが、文化の違いはありますでしょうな。
確かに、一般に、日本人はピアノトリオが好きで、アメリカ人はホーン入りが好きと言われますな。
それに関して、横町の<ごっちゃん>は、「日本人は繊細だからピアノトリオが好きなんだよ」と言っておりましたな。

<若旦那>
ご隠居、そこですよ。
あたしゃね、日本で評価の高いマイルス・デイヴィスの第2期黄金のクインテット、つまりショーター 参加4部作が、アメリカでは、あまり売れなかったとネットで見たんですがね。ちょっと驚きましてね。
そこで考えたのは、それも日本人とアメリカ人の好みの違いかなあと。

<ご隠居>
どういうことですかの?

<若旦那>
アメリカ人には、あのアルバムに流れる、捉えどころのない、浮遊感が、好みではなかったんじゃないか、そう思いましてね。

<ご隠居>
あの時期は、マイルスの休養も影響があるでしょうな。しかし、メジャーレーベルのコロンビアで売れなかったのであれば、当時のアメリカ人の好みと違ったことは、十分考えられますのう。

<若旦那>
さらに言うと、ブルーノートの<新主流派>も、日本人が思うほど、アメリカ人は認知していないんじゃないですかねえ。ブルーノートがメジャーレーベルではないことを差し引いても。
アメリカ人に、「ウェイン・ショーター を知ってるかい?」と聞くと、「ああ、ウエザー・リポートの」
「ハービー・ハンコックを知ってるかい?」と聞くと、「ああ、ヘッド・ハンターズの」と答えるんじゃないかと思うんですよ。

<ご隠居>
なるほど、アメリカ人と日本人のジャズファンの好みの違いが、ショーター 参加作や新主流派の売り上げに関係したのかどうか、一度、アメリカに住んでいる、<がわっち>に聞いてみますかな(笑)

こちら

これは、なかなか興味深いですの。

というわけで、動画で語ってみました。

個人的な「肌感」ですが、新主流派やショーターが参加しているマイルスの音源が好きな人は、楽器やっている人や、プロのミュージシャンが多いような気がしますね。

それか、楽器やってない人だと、そうとうなジャズマニア、あるいは感性の鋭い人。

コメント

高松貞治さんからのコメント。

マイルスのアルバムで思い出したのですが、メンバーやアルバムは分かりませんが、確かジャズライフのマイルス追悼文に書いてあったと思うのですが、マイルスがいつものようにアルバムに演奏をしようとすると、バックのメンバーがなぜかそわそわしてよそよそしい。マイルスも最初はわけがわからずおかしいなと思いながら演奏してたんですが、実は当時のメンバーは新しく出てきたフリージャズなどに感化されて、フリージャズや新しいことなどをやりたくて、うずうずしてたらしいです!でもそこはさすがマイルス!最終的に、こそこそしているメンバーに対して、マイルスにばれてしまって、なんとか抵抗しようとしたんですが、マイルスに、にらまれて、おとなしくマイルスにたてつくことなく、最後までなくなく、指示に従って、演奏し終わったらしいです!

中山康樹さんの『マイルスを聴け!』の『プラグド・ニッケル』評にも同じようなことが書かれてましたね。

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高松貞治さんからの返信。

確かに!ショーターやロンやハビーやトニーたちが、策略しようとして、フリージャズなど新しい試みを、なんとかやりたかったみたいですね!

マイルスより、ずっと年下な若者たちですから(特にトニー)、新しいことをやってみたい欲が強かったんでしょうね。

ちなみに若者トニーといえば、ビートルズと一緒にコンサートをやろうよ!とマイルスに提言したり、エリック・ドルフィーをバンドに入れようよ!などと提言して一蹴されているようです。

サム・リヴァースを雇ったのもトニーの提言だったので、全部が全部否定されていたわけではなさそうですが……。

サンジョルディさんからのコメント。

コメント返し、ありがとうございました。
60年代の日米ジャズファンのジャズへの向かい方の違いがとてもよく分かりましたー😆

いつも興味深いネタ提供、ありがとうございます♪

サンジョルディさんからの返信。

こちらこそうれしいです😀

Tetsuo Nambaさんからのコメント。

Ron Carter がインタビューでこう語っています。
Miles はメンバー全員に曲を書くように言っていた。いい曲が書けたと思って Miles に見せると、どんどん手を入れられて、最後には僕の書いた部分は2音くらいしか残らなかった。ハハハ。Shorter の曲はみな、ほぼそのまま採用されたよ。

に、2音!?😂
もはや「作曲者」というよりは、「触発者」ですな。

サンジョルディさんからのコメント。

【知らないとは言えないご隠居と、細かいことが気になる八っつぁんの会話、あるある】

[八っつぁん]
ご隠居、パイオニアであるマイルス・デイヴィスと、フォロワーには、多少のズレがあると思うんですがね。そこのところが今まで、あまり語られていない気がしやす。

[ご隠居]
お前さんは、相変わらず、せっかちじゃのう。<ハードバップ>での違いは、前に話した覚えがあるがのう。

[八っつぁん]
今日は、<モードジャズ>と<ロック化><ファンク化>についてなんでげす。
マイルス・デイヴィスは、アルバムを作るとき、<ムード>や<コンセプト>を第一に考えますでしょ。

[ご隠居]
それは、マラソン・セッションや『サムシン・エルス』でも、はっきりしておったの。横町の<ごっちゃん>も、マイルスは<ムード派トランペッター>と言うておったの。

[八っつぁん]
しかも、アルバムを作ったら、<もうオレ満足>みたいなところも見られると思いやす。つまり、アルバム作りと、その後のライヴ活動は、別物みたいな。
ロックなどでは、アルバムがその後のライヴ活動の名刺がわりになりやすがね。ジャズはちょっと違いやす。
あっしは、『カインド・オブ・ブルー』も、そのとき<やってみたいこと>をやっただけで、その後のジャズを変えようとは思ってはいなかったと感じやす。事実あのアルバムに最適なビル・エヴァンスを一時的に呼んだりしましてね。「モードを使って、落ち着いたムードのアルバムを一つ作ろう」ぐらいな気持ちでなかったかと。

[ご隠居]
ところが、あのアルバムに、予想以上のジャズマンが反応したということかの?

[八っつぁん]
へえ。ジョン・コルトレーンは、自分のやりたい<とことんソロ>を演奏するためにモードを使って、
ハービー・ハンコックは、リズムセクションがメインの『処女航海』のためにモードを使い、
ウェイン・ショーター は、あやしいテーマの『スピーク・ノー・イーヴル』のためにモードを使う、
おまけに、ジャッキー・マクリーンまでも反応してしまった、というわけです。

[ご隠居]
『ビッチェズ・ブリュー』や『オン・ザ・コーナー』もそうだと言いたいのかの?

[八っつぁん]
あれも、リズムセクションに、当時一世を風靡したロック風やファンク風の演奏をさせて、その上に自分のソロをかっこよく乗せる<ムード>重視の<マイルス・ミュージック>のつもりだったんでしょう。
ところが、リズムセクションのグルーヴだけが大きく解釈されたんでげす。
ハービー・ハンコックが、リズムセクションのグルーヴ中心の『ヘッド・ハンターズ』を作ってしまい、
ジョン・マクラフリンは、マハヴィシュヌ・オーケストラを結成し、
他の多くのジャズマンもフュージョンに走ってしまったという感じでさあ。
つまり、モードジャズもフュージョンも、マイルスの思いとはやや違った一面を捉えてしまった、と言いたいんでさあ。

[ご隠居]
マイルスの思いとは別に、ジャズシーンが大きく変わったと言いたいんじゃな。良くも悪くも。
もしそうだとしたら、昔も今も、インフルエンサーは<諸刃の剣>であると言わねばなるまいな。

言われてみれば、そのとおりかも。

料理人・マイルスが、自分で作って試食した料理の「食べかけ」が、他のミュージシャンにとっては栄養の宝庫だったということなんでしょうね。

そしてマイルスの「食べ残し」を再調理してみたら、なんとまあ、とっても食べやすく、おいしい料理になりましたとさ!って感じですかね。

で、他の皆が「これうまいぞ」「これけっこういけるかもよ」なんて、わいわいいいやっている間、もはや作ってしまった料理に関心も未練もないマイルスは、さっさと次なる「未知の食の探求」に取りかかっているという。

Jさんからのコメント。

たまにゃ~ out to lunch ルンルン🎵    や~  よくリハされた 渾然一体な 素晴らしいエリックドルフィー畢竟の名盤!
そいえば 昔の記事で ある海外ミュージシャンが来たときの会話で ところで ボビーハッチャーソンを どう思う? と聞かれた とある某氏 曰く 全然良くない     これ読んだとき 深いため息が..
確か ペンチで心臓を..あの某氏    ロバの耳カイ!(笑うとこです)          いまはなき 某市 MJ  というジャズ喫茶では こういうジャズがよく掛かっていたな~     ああ懐かしい
                      J

あっ、その記事、以前何かで読んだ記憶があります。
「またかいな」と苦笑と溜息が同時に出ちゃいましたw

博 橋本さんからのコメント。

ジャズ喫茶、やっぱり欠かせない場所でした😃

ある意味「学校」(寺子屋?)の役割を果たしていたんじゃないかと思います。

博 橋本さんからの返信。

そうですね。言ってみれば選択授業。
時間が来たら教室探して出席。無意味に怖い教師などいなかった。
しかし同じクラスでも一年間、口なんか絶対に利きたく無いやつなんかもいたりして😅😅😅

まあ学校にはいろいろなタイプの生徒が集まりますからね。
当然、趣味の合う人・合わない人もいるわけで。
そういう中で、社会性を身に着けていくんでしょうね。

……とかいって、本当にジャズマニアやジャズ評論家は社会性があるのでしょーか😅

博 橋本さんからの返信。

コメントは控えさせていただきます・・・・・。😅

(。-∀-) ニヤリ♪

Hiromi Hasegawaさんからのコメント。

4部作がアメリカで不人気というのは知りませんでした。ショーターが参加したレギュラー・クインテットが1964年とすると当て推量ですが…奇しくも同年にビートルズがエド・サリバンショーに出演しアメリカ進出、さらにもう一組は

すでにモータウンの快進撃が始まっていたわけで、「10歳の少女の運命を変える」ような社会的、文化的な波及力において「純粋芸術」としてのjazzは到底及ばなかったのではないかと。

純粋芸術、いわれてみれば、特に4部作や、その後のマイルスの作品の多くは大衆芸術というよりは、純粋芸術といえるもののほうが多いような気がします。

で、スプリームス。
う~ん、負けるわw

いや、勝ち負けじゃないんですが、時代の波に「押されるわ」と思わざるをえません。