永井勉さんからの質問。
COOL JAZZって何だ?・・・
個人的に定義がよく解りません??
白人中心のジャズがクール
なのかウエストコーストジャズ
が中心のジャズがクールなのか???
個人的には即興性よりは楽曲のアレンジ
に重きをおいているのがクールジャズ
だと感じています・・・m(__)m
雲さんの思うクールジャズの定義って
なんですか??
教えてマスター・・・W⇒こちら
クール・ジャズって何?
私が理解している範囲での返答にはなりますが、解説した動画をアップしてみました。
コメント
ヤマネユキオさんからのコメント。
マイルスは周辺くらいしか知らない私にとって、とっても分かりやすい解説で楽しめました。
ところで、実は
「ジャンルというヤツは嫌いだ。そんなもの、音楽には関係ないだろう」 とか言ったマイルスが大好きです。
音楽で自由を表現しようとしてるのに、人はジャズなどとレッテル貼りして、自由を奪う。「ジャズかどうかの定義は、音楽の価値と何にも関係がない」と言ってるマイルスが好きです。
ただプロのクリエーターとしては、ジャンル付けをすることで多くの人の認知を得る事ができ、プロモーションがやり易くなりますね。売るための手段としては、悲しいけれど致し方ないことですね。
音楽の事ではないですが、似たことに絵画の「何々派」ってのがあります。徒党を組むことが基本的に嫌いな画家が「何々派」と称する事で展覧会を組む事ができたりしてきました。本来画家にとって、「何々派」などから抜け出す個性を売り出したいのに、とんだ皮肉です。
それにしても最近のアメリカなどで、音楽賞の細分化されたジャンルは驚かされるばかりです。マーケティング手法万歳って感じですかね。
>マイルスは周辺くらいしか知らない私にとって、とっても分かりやすい解説で楽しめました。
ありがとうございます!
高松貞治さんからのコメント。
フィル・ウッズといえは、そのものズバリ「cool woods」と言うアルバムがあり、大西順子とロン・カーターが参加していて、とても素晴らしいアルバムです😊
そのアルバムは聞いたことがありませんが、感触としてはどうですか?
クール?
個人的には、ウォームウッズに引っ掛けたタイトルに感じるのですが……。
高松貞治さんからの返信。
このアルバムはフィル・ウッズがこれでもかと言う位爽やかにサックスを吹いています。すばらしいアルバムだと思います😊
爽やかクールなんですね
Tetsuo Nambaさんからのコメント。
1999年の作品ですね。この頃には現在と同じように、”cool”は主に「イケてる」という意味で使われています。1950年代の語感「冷めた(覚めた)」とは異なると思います。
なるほど、どうりでウッズにクール(冷めた)は似合わないと思いました。
ま、過去の作品にからめてのネーミングだとは思いますが……。
永井勉さんからの返信。
コメント返しありがとうございます・・・W
永井です・・・m(__)m
ぼんやりと理解出来ました。
雲さんから紹介されたプレーヤーは少しでも
チェックして聴いているのですが
今回は人名が多すぎて少し混乱しています・・・W
あらら、人名は「×」と「△」を抜かせば、比較的ド真ん中の人は少ないとは思ったのですが。
あとは、一人ひとりの人名よりも、全体的な「円と円とその周辺」というイメージを俯瞰的に捉えれば、なんとなくテイストをカラーイメージできると思ったんですが、うーむ、イメージを伝えるのって難しいですね……。
ノエルNoelさんからのコメント。
クールジャズについて自分も今いちフワッとしてたので
とても分かりやすかったです!
そう仰っていただけると、とても嬉しいです。
博 橋本さんからのコメント。
マイルスの『バース・オブ・ザ・クール』のメンバーは1950年頃の『メトロノーム・オールスターズ』のメンバーと結構被っている事は漠然と頭の中に有りました。
マイルス、マリガン、J.J. とカイ・ウインディング、コニッツの他、ビリー・バウワー等、当時人気も出始め、多分頻繁に顔を合わせる様になった若手のミュージシャンの集まりを感じていました。
これはキャピトル(東芝音工)から出ていた『バップからクールへ』というレコードで学んだ事です。
バップに対してのハード・バップの誕生の横には過渡期の『クール』も他の何かもいたのかな?
教えて下さい、雲村長😃
えーと、すいません、
>過渡期の『クール』も他の何かもいたのかな?
「他の何かもいたのかな?」の「他の何かも」のところがよく分かりません(汗)。
なので、質問の趣旨がちょっと……。
「クール」“以外”の勢力もあったのか?
という意味でしょうか?
博 橋本さんからの返信。
そうです。クールという括りで無く若いマイルスと同年代の白人、黒人を問わずのムーブメントです。
私の知っている範囲ですが、ムーブメントのようなものはなかったように思います。
ただ、ミュージシャン個人個人が、脱ビ・バップへの探求、模索はしていたように感じます。
たとえば、わかりやすいのがファッツ・ナヴァロですよね。
単に高音で速く吹くだけではなく、印象的でメロディアスな要素も注入しようという試みが感じられます。しかし夭逝。この試みを引き継ぎ完成させたのがクリフォード・ブラウン(=ハードバップ)。
テナーサックスのワーデル・グレイも同様なものを感じます。
ピアノの場合は、ホレス・シルヴァーはマイルスからの示唆でパウエル的アプローチから、音を抜いて間を設けたり、アクセントの位置を見直す作業をしています。
同様に、ブレイキーもビートのアクセントの置き方の研究をマイルスとともに探求しており、それが『ディグ』で発揮されています。
マリガンはウェスト・コースト、あるいはクールの代表格にカウントされがちですが、彼個人としての試みは、ビッグバンド的手法と少人数編成(コンボ)の融合を試みているところが感じられ、ギルやマイルスの試みに啓発されるところ大だったのではないかと思われます。
では、ナヴァロやグレイやシルヴァーやブレイキーやマリガンたちを一括りにして「~派」や「~ムーヴメント」といえるかというと、それはないですよね。
だから、各個人による「脱・ビバップ」な試みが各所で行われていたと考えるのが適切なのではないかと思っています。
そして、それらの試みが融合し、音楽的成果をもたらしはじめたのが、ハードバップの原初ともいうべき『バードランドの夜』や『ディグ』、『ウォーキン』あたりなのではないかと考えています。
べらんめえAORおやじさんからのコメント。
はい、フィルウッズにデッカイばつを書いておきました。
2022年5月18日 16:30
