中山康樹・著『Jazz名盤名勝負』(廣済堂出版)のジョン・マクラフリンのところを読んでいます。
コメント
高松貞治さんからのコメント。
ラッシャー木村の”こんばんは事件”(笑)この中山本は昔読んだんですが、内容をすっかり忘れていました。改めて読むと面白いですね!自分は子供の頃、プロレスファンで、全日本プロレスで、よくラッシャー木村を見ました。ジャイアント馬場も近くで見て、やっぱりでかいなと思ったものです。懐かしいですね!
ラッシャー木村の”こんばんは事件”って、そんなに有名な事件なのかな?と思い、調べてみました。
こんばんは事件とは、新日本プロレスの興行に殴り込みをかけてきた国際プロレスのプロレスラー、ラッシャー木村がマイクを持った時についいいおじさんの性格が出てしまい「こんばんは、ラッシャー木村です」と普通の挨拶をしてしまって会場がズッコケた事件である。
なるほど、そういうことか!(爆笑)
つながりました、そうか、そうか、そういうことか😆
なんか微笑ましいですね。
そして、さらに検索してみると…。
(ラッシャー木村の「こんばんは」が)あまりにもおかしかったため当時ビートたけしが「こんばんは、ラッシャー木村です」とネタにしたこともあって、世間にギャグとして広まってしまった(ここからラッシャー木村のお家芸が金網からマイク・パフォーマンスになる)。たけしについては当時自分の弟子を集めて結成した「たけし軍団」の鈴木浩に「ラッシャー板前」という名前をつけて、木村と同じ黒のロングタイツをはかせるなどしていた。
そうか、そうか、これも繋がりました。
昔、クラスメートがビートたけしのマネをして「こんばんは、ラッシャー木村です」と言っていたのですが、そういう背景のあるギャグだったんですね!
ジャイアント馬場を近くでみたことがあるんですか!
それは貴重な体験?!
やっぱり大きかったんだろうなぁ。
そういえば、アンドレ・ザ・ジャイアントというプロレスラーもいましたね😃
高松貞治さんからの返信。
アンドレ・ザ・ジャイアントも大きかったですよ!晩年、全日本プロレスでジャイアント馬場とコンビを組んでいましたから、見たことがあります。確か2人のサインを買った記憶があります!今どこにあるだろう?
すごいですねぇ、ダブルジャイアントからダブルサイン♪
関係ないですけど、彼らがテナーサックス奏者だったら、音でかいでしょうね。サックスが小さく見えるでしょうね😆
御駄賃取郎さんからのコメント。
やはり、マイルス像は「中山康樹氏による自分語り」であったのではないか?とつくづく思う。
私はあの日頃のミスター鉄仮面ぶりと、かなりの人見知りぶりから考察するに、「マイルスよ・かくあれかし!」
という自己イメージの投影・願望を強く感じてならない。そしてプロレスは、どこまでもジャイアント馬場派だと思う。決してアントニオ猪木派では無いと思う。気を許すとチャラけた表情をみせるが、通常は人見知り、無礼千万・傍若無人?という評価を良く耳にした。・・・などと、歴代のSJの編集長像というのは毀誉褒貶が激しいものがあったように思う。したがって高野さんのように好感をもたれ、かわいがられたお方と、そのほかの先輩諸氏の中山氏の評にはかなり隔たりを感じる。たしかに頭の良い、むっつり○○べタイプ・・・・というのが歴代の編集長の共通項だともっぱらのうわさ?であったと思う。○ケべだが、いずれも名編集長であったと思える。。
できれば「児山VS中山」両氏の対談本が読んでみたかったが、果たして「師弟対談」となりえただろうか?・・。同じくこの伝では「いーぐる後藤氏VS高野雲さん」の対談本もぜひ拝読してみたいものである。
ひとの評価、好み、感じ方はまさに千差万別。蓼食う虫も好きづき。だからこそ私のモットーは
「自分の女房は自慢するな、そして他人の女房に口だしはするな!」をもってジャズは楽し!である。
「中山康樹氏による自分語り」。
この説、興味ありますね。
司馬遼太郎は歴史小説を数多く書き、城山三郎は経済界や企業の興亡をテーマにした作品をたくさん書きました。
いずれも、ベースとなるモデルや出来事が存在する読みごたえのあるフィクションの作品を執筆しています(フィクションorノンフィクション濃度は作品によって違いますが)。実在した人物や出来事を題材に、綿密な取材に基づいたリアリティのある描写で読み応えのある作品を発表していますが、史実や事実に忠実であろうとする姿勢と同時に、作家自身の理想や思想、そして主人公への自己投影といった要素が反映されているようにも感じられます。
強引に短くまとめると(あくまで私の感想)
司馬遼太郎⇒理想の社会を切り拓くヒーロー(自由な発想、先見の明がある)
城山三郎⇒理想的なリーダー(信念、責任感、志などがある)
中山さんの「マイルス語り」も、わりとそれに近い?ということなのかな?
つまり、マイルスという人物に中山さんの憧れや理想やなりたい自分を投影させている、という。
たしかに、中山さん翻訳のマイルスの語り口は独特です。
特に「オレ」。
一人称を「オレ」に設定したことによって、随分キャラの色や雰囲気が決定したように思います。
片岡義男訳のチャーリー・パーカー本のマイルスの一人称は「私」だったような気がします。
また、以前、ラジオ番組にゲスト出演いただいたアキコ・グレースさんは、バークリー音楽大学で書いた卒論を持ってきてくださったのですが、英語で書かれている論文を日本語で説明してくれた時のマイルスの一人称は「ボク」でした。
オレ、、私、ボク。
一人称が違うだけで、ずいぶんとイメージが違いますよね。
推測ですが、中山さんが思い描くマイルス像は「ハードボイルドなミュージシャン」だったのではないかと。
チャンドラーの名言から「優しさ」を取り除いた「タフでなければ生きていけない」男。
そして、著書『マイルスを聴け!』にたびたび登場する「インテリヤクザ」という言葉。
シャープでタフでクールな男。
このイメージは、もしかしたら中山さんの憧れだったのかもしれない。
そして、自叙伝の翻訳やマイルス解説本に投影させていた。
そういう仮説も「御駄賃説」をインプットした上で改めて振り返ると結構説得力あるな、と思いました。
さすが御駄賃さん!
今度、女房自慢させていただきます!
…いないけどw
2024年8月20日