【古雑誌読み】ギル&フィル広告

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『ジャズランド』1976年5月号に掲載されたレコード広告を見ながら、とりとめもなくダラダラと喋った動画です。

コメント

龍 大阪さんからのコメント。

あけましておめでとうございます。
ギル・エバンス。なんか若い時から老け顔で年齢不詳ですよね(笑)。不思議な人だ。ジミヘンの曲とか好きらしいし、ロックな人なのかもしれません。ジョージ・ガーシュインは黒人の音楽的感性に魅かれていたみたいですが、少し似ているところがありますよね。
たしか「ソーホワット」のイントロ部分はギルが書いたのではなかったかしら。あと、「スターピープル」のイントロもギルが書いたとどっかで読んだ記憶があります。
全然関係ない話ですが、ギルというのはギルモアの略称らしいですが、ギルモアと言えば、サイボーグ009のギルモア博士。ギルモア博士とギルエバンスは、ちょっと雰囲気が似てると思うのは私だけでしょうか?(笑)
ギルの鷲鼻を強烈にデフォルメするとギルモア博士の、あの、鼻になるのかも。
新年早々、つまらない話をしてしまいました。

あけましておめでとうございます。こちらこそ、本年もよろしくお願いいたします。

ギル・エヴァンス の年齢と風貌のギャップ、確かにそれ感じますね。特に若い頃。
とはいえ1976年の『ジャズランド』誌の表紙を飾った時の彼は64歳ですw
ギルは1912年5月13日生まれですから、1976年の誕生日を迎えた時点で64歳。

あの表紙の写真を見ると、確かに「もう60代半ばのおじいちゃん」なんですが、体型が細く、顔立ちも彫りが深いせいか、見ようによっては薬やりすぎた若いロッカーのようにも見える??
老けているのか若いのか、判断がつかない不思議な存在、というのはおっしゃる通りだと思います。

若い頃のギルといえば、真っ先に思い出すのは、マイルスと《So What》をやっていた頃のギル。知的で精悍な感じがしました。
1959年4月2日にニューヨークで収録されたCBSのテレビ番組「The Sound of Miles Davis(シリーズ名は The Robert Herridge Theater)」。これ、今ではYouTubeでも気軽に見れる映像ですが、これは『カインド・オブ・ブルー』最初のレコーディング(1959年3月2日)の、ちょうど1か月後に撮られています。
この時ギルは46歳。若いと言えば若いけれど、すでに「哲学者」あるいは「隠者」みたいな風貌ですよね。

龍 大阪さんがイメージされる「若い時から老け顔」というイメージは、もしかするとプレスティッジの『ギル・エヴァンス・アンド・テン』のジャケ写からなのではないか?と勝手に妄想しています。
これは1957年の録音ですから、録音当時のギルは45歳。年齢だけ見れば働き盛りですが、写真だともう既に“老成した音楽家”の顔をしているようにも見えますね。

話はジャズランドの76年に戻りますが、64歳のギルが来日し、札幌・仙台・東京・名古屋・大阪・九州…と、ほぼ休みなく移動を続けていたこと(しかも北へ行ったり西に飛んだり、また東に戻ったりを1、2日ペースで)を考えると、これは相当ハードだったはずです。体力的にも精神的にも。ま、同時期のフィル・ウッズの来日スケジュールも動画で話した通りなので、多かれ少なかれ来日ミュージシャンのスケジュールはそういうもんなんでしょうが、そういえばコルトレーンの来日時はもっと強行軍だったような。

あと、そうそう、ジミ・ヘンドリックス。
「いーぐる」のマスター、後藤雅洋さんの著書『ジャズ・オブ・パラダイス』の中のおすすめアルバムに『プレイズ・ジミヘンドリックス』が挙げられていて、当時の私は、「『スケッチ・オブ・スペイン』の人が、なんでジミヘンやねん?」と疑問に思ったものですが、店でもよくかかっていたので、聞いているうちに「ははぁ、サンボーンを聴くための、あるいは聴かせるためのアルバムでもあるんだな」と、なんとなく腑に落ちた記憶があります。サンボーンをフィーチャーした《エンジェル》は、ギルはサンボーンにジミヘンのように吹かせたかったのかもしれません。

あと、後年、ギル・エヴァンスのアルバムを集めて聞いているうちに、だんだんわかってきたのですが、ギルがジミに惹かれた理由って、「一台のギターで広がりのあることやっててスゲぇ!」ということだったのではないかと。

ギルは生涯、「音の色彩」と「響きのテクスチャ(質感)」を追い続けた人です。管楽器の組み合わせ、倍音の重なり、音のにじみ。
一方ジミは、ギター1本とエフェクター、フィードバック、大音量アンプを使って、まるで一人オーケストラのような響きを作り出していた(ように感じたのでしょう)。
ギルは、それが自分と同じ志向性に感じたのかもしれませんし、あるいは、俺が譜面でチマチマと細かくあれこれ考えまくって、たくさんのミュージシャンに指示出してようやく実現できることを、あの野郎はギター1本で好き勝手、奔放に弾いているだけで実現している⇒悔しい!でも羨ましい!⇒一緒にやりたい! となったのかもしれませんね。

ジミの音楽はブルースを基盤にしつつ、サイケデリックで、即興性が高く、しかも譜面に還元しにくい。そんな自分とは真逆の資質とアプローチで、自分が鳴らしたいことを実現しているジミヘンに興味を持ったんでしょうね。
実際、マイルスを通じてジミを知ったギルは、「譜面を読めないのに、ここまで高度なハーモニーと構造を直感的に扱えるのか」と衝撃を受けたと言われています。

晩年のギルが作り出す音楽は、どんどんラフになっていっているような気がします。
たとえばスイート・ベイジルのマンデイ・オーケストラなどのライブを聴くと、サウンドが荒っぽく、時に暴力的になっていきます。
もちろん その前にもセシル・テイラーが参加した『イントゥ・ザ・ホット』のような過激な例外はありますが、若い頃の緻密さよりも、一人一人のミュージシャンの創意工夫に期待し、全体としては、緻密な設計の中に「演奏者に委ねる余白」をあえて広げ、「デカい音楽」、というより「広がりのある音楽」を目指していたように感じます。そして、これって、少なからずジミ・ヘンドリックス的発想の影響があったのでは、と私は思っています。

さて、ここで話題が一気に飛びますが、ギルモア博士。懐かしいですね。
あの特徴的な鷲鼻がすぐに思い浮かびます。
本名がアイザック・ギルモアというのもいいですね。アイザックといえばニュートンですから、名前が「私は頭いいです」と語ってる(笑)。

実際、「ギルモア」という響き自体、どこか知的ですよね。少なくとも「ボブ」よりは(笑)。
ジャズマンで他のギルといえば、まず私が好きなのバリトンサックスの ギル・メレが思い浮かびます。

さらにジョン・ギルモア。
彼クリフ・ジョーダンのテナー双頭リーダーアルバムの『ブローイング・イン・フロム・シカゴ』に一時期ハマったことがあって、これ、リズム隊がアート・ブレイキー、ホレス・シルヴァー、カーリー・ラッセルなんですよ。「これ初代ジャズ・メッセンジャーズじゃん!」という豪華さ。
で、ギルモアいいねぇ!と調べてみると「あ、この人、あっち側の人だったのか…」と判明する(笑)。
そう、サン・ラ のアーケストラの中心人物の一人だった(爆笑)。
しかも ジョン・コルトレーンにも影響を与えた存在らしいです。コルトレーンは「ギル」のテナーサックスプレイにが衝撃を受け、自分の奏法に影響を受けたと語るほどの存在なようです。フリーもハードバップも自在、まさに異能の人です。

現代に目を向けるとデヴィッド・ギルモア(ピンク・フロイドの デヴィッド・ギルモア とは別人)。M-BASE系からウェイン・ショーターまで横断する、非常に重要なギタリストですね。

そして、マーカス・ギルモア。
ロイ・ヘインズの孫で、チック・コリアやヴィジェイ・アイヤーと共演。あの正確さと柔軟性は、確かに「サイボーグ的」です。

で、サイボーグ009に話が戻ると、今でも主題歌「誰がために」が大好きで、よく聴きます。特に「涙で渡る 血の大河 夢見て走る 死の荒野」。ここがもう。歌詞もメロディも素晴らしい。何度聴いても鳥肌が立ちます。

というわけで、気づけば1時間以上、うだうだとキーボードを叩いていました。
新年早々、最高に楽しい“つまらなくない話”、ありがとうございました(笑)。

2026年1月4日