粟村政昭『モダン・ジャズの歴史』を読み終えました

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粟村政昭・著『モダン・ジャズの歴史』(スイングジャーナル社)を読み終わりました。

…ということを語った動画をアップ!

コメント

kamaichi2002さんからのコメント。

読了おめでとうございます。
お貸しした甲斐があるというものです。
返すのはいつでいいですからね。

ありがとうございます。
とても勉強になりました。

MrNOBUchanさんからのコメント。

粟村政昭著「モダン・ジャズの歴史」の巻頭に、モダン・ジャズの巨人達の写真(いずれもモノクロ)が数枚掲載されています。順に、マイルス・デイヴィス、ソニー・ロリンズ、マックス・ローチ、セシル・テイラー、セロニアス・モンク、オーネット・コールマン、チャールス・ミンガス、ジョン・コルトレーン。すべて日本人写真家による撮影です。
おそらくすべて、来日時の記者会見もしくはコンサート時のものだと思います。
私が、以前から気になっているのはマックス・ローチ。1977年1月21日東京郵便貯金会館でのライブの音源により、「マックス・ローチ・カルテット・ライブ・イン・トーキョー Vol,1(Vol,2はない)」が発売され、私個人的に、これはローチ最高のリーダー・アルバムだと考えています。
私は、本書の巻頭写真三枚目のローチは、このジャケット写真の別テイクを裏焼きしたものではないか??(逆もあり得る)と考えている次第。
どうでもいいトリビアですが。

巻頭の写真は、どれもが引き伸ばしてポスターにしたいくらい素晴らしい写真ばかりで、本当、引き込まれてしまいます。
『ローチ・イン・トーキョー』…
あ、言われてみれば確かに。
あのジャケットはカラーなので、指摘されるまで、全く気づきませんでした。

人力飛行機さんからのコメント。

歴史の概念といおうか。歴史の書き方。て話も出てます。ジャズの書き方とか。

で、私はその人における人の始まり、はきっと、それでどうなるわけでもないのに、何故か〈何かに魅かれる・惹かれる〉または〈何かを避ける・除ける〉。もっと進行すると〈何かに自己を重ねる〉反対に〈何かを自己とは重ねない〉。それはまあ自我の目覚めでもあるし、その人がその人であることの始まりでもある。子供の発達史とかでいってもそうだと思います。だいたいは小学校~中学校~高校時代に起こる。

で、それは言い換えれば、歴史の始まり、内的経歴の始まり。である。で、大文字の歴史の根底にはいつでもそういう一人の内的経歴があって、それがなければ大文字の歴史が書かれることもない。ひいてはこれはありとあらゆる学問の根底には何か介在するのか。どこから或る分野への探求心は自由に生まれるのか。でもある。それは内的な経歴にある。ある種の教育が空虚だとしたら、その視点がないから。満遍無く知っていることを奨励し、試験し、採点し、順位付けするから。だと思うんですよね。

だから音楽評論家といっても分野がありアプローチがあり、文体があり、しますけど。根本にあるのはやっぱり内的な経歴である。そこからその人の何か重要な、かけがえのない、唯一な、何かがあって。そこから起こってくるのじゃないだろうか。

ジャズ史といってもそうですよね。中山康樹さんの著書だとマイルス・デイヴィスのdiscographyが有名で、あれは音源がある全部の作品史を追う書き方だけど、もっと細かくelectric時代に絞ったり、もっと細かくBitches Brewに絞ったり、Agharta&Pangaeaに絞ったり。あれも、同じ対象でもその対象の何に魅かれるかがないと成立しない。〈何かに魅かれる〉あっての考察なんですよね。Miles Davis discographyにしたところで。中山さんの著書をみてると、〈何かに魅かれる〉あっての文筆活動が明瞭にみえるし、それがないと中山さんの執筆はなかったが分かる。中山さんがジャズ以外の分野の本も書く。ロックやフォークや。みてて、中山さんの内面の歴史が今になってみるとよく眺められる証左でもありますね。あれらの著作が。

ジャズの書き方とか歴史とか。その根底にあるのがやっぱり一人のその人がその人であることの証左。ってところにどうしても、行っちゃうのではないか。が結論です。

※それと関係ないんですが。動画を中断して挟まれる広告でパスタソースのがありましたけど。多部未華子が可愛くて感心しましたハイ。いや可愛いですねえ。多部未華子は。もう結婚してるとは思えませんね。日清製粉のパスタですか。う~んあんまり買わないけども。パスタは好きだけど。多部さんに会えるなら買います。日清さん(笑)。

中山康樹氏の自伝『スイングジャーナル青春録』(のちにコンパクトに再編集されて『リッスン<ジャズとロックと青春の日々』として別版元から再発>』を紐解くと、中山さんの音楽のスタート地点というか内面の「核」にあるものって、「ロック」だということが分かります。

ビートルズに、ビーチ・ボーイズ、それとボブ・ディラン…。
リアルタイム世代だからということが非常に大きいと思います。

そして、中山氏が惹きつけられたアルバムって『ペット・サウンズ』だったり、ライヴをやらなくなった頃の(スタジオ録音中心となった)ビートルズの作品群なんですね。
いわゆる「問題作」。
世間的に「問題作」とされるものに心惹かれる感性の持ち主だからこそ、同じく「問題作」と言われるアルバムを何枚も発表したマイルス・デイヴィスというミュージシャンの虜になるのはとても頷けます。
中山さんが語るマイルス論が説得力を帯びているのは、中山さんのそのような内的経歴とそこで育まれた視点、感性が大きいからだと考えています。

そして、『マイルスを聴け!』を読むと感じるのですが、パーカーとやってた頃〜ハードバップの頃のアルバムを解説する中山さんよりも、ショーター加入前後〜エレクトリック期の方が、断然熱量が高い(笑)。
やはり、直球ストレートで「わかりやすいサウンドよりも、一捻り、かつ解釈が多義的なサウンドのほうに惹かれる性質(たち)だったのではないかと推測されますし、そのような内的経歴がわかり、かつ視点、観点がはっきりしている方のレビューは、人によって好き嫌いは当然あるでしょうが、私にとっては筋が通っていて信用できる、というと語弊があるかもしれませんが、安心して評価の内容に耳を傾けることができます。

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永井勉さんからのコメント。
iiいいっすね~~~