ウィントン・マルサリスに感じる「違和感」の正体?!part2

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こちらの動画↓

ウィントン・マルサリスに感じる「違和感」の正体?!の動画にいただいたコメントが多いので、コメント紹介part2です。

以前のコメントはこちら

コメント

伊藤哲朗さんからのコメント。

「New OrleansでJazzが聞けなかった」という評論家の話がありましたが、それは多分フレンチクォーター(観光スポット)でのことを話していると思いますが、Jazz Clubなら、フレンチクォーターの中でも外でも結構見つけられるはずです。「Preservation Hallがしょぼかった」という話もありましたが、それは観光用に昔のまま保存(preserve)しているからです。私は、アメリカの伝統音楽が好きで、ジャズフェスティバル(New Orleans Jazz & Heritage Festival)を見に、これまでNew Orleans を2度訪れました。フェスティバルで一番感動したのは、地元の黒人の高校生のブラスバンドで、「彼らにはNew Orleans Jazzの血が脈々と流れている」と感じました。私は、ガチガチのJazz Fanではありませんが、Wyntonの音楽を聴くようになったのは、彼の演奏に、生まれ育って、無意識的にせよ影響を受けた、New Orleans Jazzのフレーバーを感じたからです。違和感を感じる方が多いのは、その泥臭さから来るのでしょうか?

そうだったんですか。リアルな現地情報ありがとうございます。

であれば、「当時のニューオリンズにはジャズが(あまりorほとんど)流れてなかった」という著者の前提が変わり、その後の論の展開がまったく変わってきちゃいますね(汗)。
同じ土地でも、行く人、見る人、足を踏み入れる場所が異なると、ずいぶんと違った風景、印象になってしまうのだなと思いました。

伊藤哲朗さんからの返信。

人気のあるJazz Clubは、開店前からお客さんが行列を作っていますよ。

そうなんですか。
本から得たイメージとは全然違う……(涙)。

伊藤哲朗さんからのコメント。

ロックやR&Bが大音量で聴こえてくるので、ジャズだけを期待して行くと、ビックリするかもです。まあフレンチクォーターは、飲屋街なので、いいんじゃないでしょうか。

良さげですね!
さきほど、観光ガイドのサイトでフレンチクォーターを検索してみてみましたが、行ってみたくなりました。

伊藤哲朗さんからの返信。

是非行って下さい。お勧めは、New Orleans Jazz & Heritage Festivalの頃、日本のゴールデンウィークの頃(今頃)です。郊外の競馬場が会場になります。フレンチクォーターから送迎バスが出ています。会場では、ジャンルごとに演奏会場が分かれていて、自分の聞きたいジャンルやバンドをパンフレットで調べて行きます。地元の料理の屋台もいっぱい出ているので、ピクニック気分で楽しめます。私は、地元の黒人の高校生のブラスバンドの演奏に、心を揺さぶられました。夜は、フレンチクォーターのJazz Clubやバーの雰囲気をenjoy 下さい。値段も安いと思います。New Orleansにいかなかったら、Wynton にも興味を持っていなかったと思います。

情報ありがとうございます!
いつか行ってみます。

Nyankichi Ichigoさんからのコメント。

周りがジャズ環境に囲まれて育つジャズマンなんていないんじゃない?あのあたりから、、、。マルサリスに違和感を感じる人は松丸契なんかどう思うのかね。60年以上のジャズファン。

とくめいくんからのコメント。

友人にウィントンを聴かせた事がありました。
彼は、感覚がクラッシックの人でした。
ドラムスが聴こえてこないのでしょう。
JAZZを聴く時も変なノリ方でした。
ハードロックギターをやってましたが、それこそクラッシックのように本人と全く同じように弾けるようにする。アドリブは、、
できない。そもそもその感覚がないし、わからない。

で、彼のウィントンへの感想は意外なものでした。

なんで、そんなものをきかせんだ、とキレました。
テクニックのひけらかしに
聴こえたようです。
だって、君もギターで超絶技巧やっねたよねw

彼曰く、JAZZトランペットは少し、へ、た、
に聴こえるほうがいいのだとか‎( ⊙⊙)!!

なんだろね
きっと、トランペットには
そんなヤバさというか、
魅力があるんでしょうか。

ギターはジミヘンのように
弾け!と言う人いますけど
ある意味わかるもんなー

興味深いですね~。
矛盾しているようで、その方の気持ち、私、なんとなくわかるんですよ。
「暗黙に求めてるもの」があるんでしょうね。
たとえば、私の場合、ブルース(B.B.キングとかマディ・ウォーターズなどのギター&ヴォーカルのミュージシャンが括られているジャンルです)のギタリストが、マイナー・コンバージョン・メソッドをフル活用して正確な粒立ちで弾きまくっていたら、「うーん、なんか違うよなぁ」と思ってしまうと思います。それに似た感覚なのかもしれませんね。

あああさんからのコメント。

僕はウィントンマルサリスが世界一のトランペッターだと思ってたのですが、あまり好きではない人もいるんですね。自分はまだ高校生でトランペッターについてまだ勉強中なのですが、ウィルトンの技術力が圧倒的世界一だと思います。

高橋レモンさんからのコメント。

好きなの聴けばいい

kouzmo10さんからのコメント。

ウイントンマルサリスとの出会いは雑誌ぴあの懸賞で当たったブラックコーズというレコードです。
確かに当時トランペッターの友人の評価はよろしくなかったですね。雑誌の批評もそうだったような気がしますがもう覚えていません。
テクニックは完璧だけど云々というものです。フィールが違うのでしょう。
私はと言いますと大好きです。楽器はギターでロック、フュージョン、ジャズという変遷だったのも関係あるのかもしれません。
ジャズ界隈で評価の分かれる作品などは私の好みである場合があります。ビルエヴァンスのアフィニティーもそうだったように思います。
当初は物議を醸しても時代が下ってから聴き始めた人にとっては普通に聞こえるのはオーネットコールマンのフリージャスもそうではないかと思います。

『ブラック・コーズ』は素晴らしいアルバムですよね。
最初はピンとこなかったのですが、聴けば聴くほど、凄いことが行われているのだとだんだん気付くようになり、今となっては、アルバムの数か所では鳥肌が立つほど高次元な瞬間が訪れるほどとなっていますw

habusanseiさんからのコメント。

マイルスデービス以前と以後という感じで見てもわかるように、進化するジャズという形容と同時に、ジャズと黒人音楽という観点で聴いてみると「一流ミュージシャンであっても、音楽の一歩外に出ると同じホテルにも同じレストランにも入れない」この部分をやはり考えるべきである。音楽そのものには人種問題や歴史など考慮せずに音楽にみを聞けばよい、というのであれば、この「ウィントン・マルサリスに感じる違和感」なるものを消化できないままであろう。ウィントンの音楽性の背景には同時にアフリカ系アメリカ人の歴史が脈々とあり、それゆえにそれを意識するウィントンが、それまでジャズの奥底に押し隠していた隠されてきた黒人の音楽表現が表に出てきたのである。だからと言って、これまでの伝統的なジャズのスタイルを否定したわけでもなく、むしろ敬意をもって表現しているのだ。Portrait of Louis Armstrong をビッグバンドで伝道師のように演奏するウィントンの涙を見た時の底知れぬ感情の深さを聞くと、その意味が分かる気がするのだ。だから、ウィントンがジャズを殺したなんてことを、外野が騒ごうが、ウィントンは行進し続けるのである。

yoshonori oguraさんからのコメント。

マルサリス一家には違和感しかありません、一応買ったけど売りました(=^ェ^=)

あちゃぁ〜!(=^ェ^=)
>一応買ったけど売りました(=^ェ^=)

マヌルTV @ 南大沢さんからのコメント。

お父さん、家庭にジャズを持ち込まないタイプだったのか

😆

ぷーすさんからのコメント。

ぶるーじゃいあんとや~

数日違いの誕生日の同級生。19才で来日したとき、コロシアムであのトリオをバックに演奏した初々しい衝撃は忘れないでしょう。

今田正邦さんからのコメント。

俺は1958年生まれです、ウィントンがデビューした時好きになれませんでした。唯一ストリングスをバックにした、スターダストだけ好きでした。クラシックアルバムも多く出している、つまりベース、ドラムをバックにアドリブ演奏をすると違和感が生まれる。おそらくクラシック演奏家の感覚に近いのかもしれない、JAZZのソウル魂が薄いのかも、勝手な感想です

yasuyuki okuhamaさんからのコメント。

思うにマルサリスはジャズの人と思われているけれど、テクニック、リズム感などクラシックに居するの人ではないか?と!それとジャズ曲の演奏では音楽というより、音が連なっているように感じます。なんと言ったらいいのか、味付けが少ないというか、個性的なフレージングがクラシックのように楽譜があるような演奏😮

muneyamaxさん⇒yasuyuki okuhamaさん

おっしゃってること凄く共感できます。本当に勝手な意見で申し訳ないですが、心がこもっていない印象を受けます。だからといってクラッシック奏者がそうだとは思いますませんが。

yasuyuki okuhamaさん⇒muneyamaxさん

決めつけたくはないけど、私もこもってないように聴こえます。音色が聴こえてこない!という洗練されたが故の悲劇をまとう。クラシック奏者だったとしても、自然体でなくて何かを背負った演奏だとしたら?!凄すぎるけど1回聴けばもういいやっていうジャズの教則本に付いてたCDのよう!言い過ぎかも知れないけど!持ってたCDは何回も聴け無かったです。

長田真晴さんからのコメント。

ジャズはなんでもあっていいと思いますけど、自分が大嫌いな人が大絶賛してたので、絶対に聴かないです。そんなもんです。

305F mioさんからのコメント。

単に古いジャズファンやらがアップデートできてないだけ

Takanenishikiさんからのコメント。

完璧なテクニックがあっても曲がつまらなければレコードは売れません。 バークレー音楽院のドラム科を首席卒業した日本人ドラマーのレコードが売れましたか? 21世紀のジャズはただのテクニック野郎ばかりです。 (元レコード屋店長)

シローさん⇒Takanenishikiさん

「>完璧なテクニックがあっても曲がつまらなければ~」は分かる。でも「>21世紀のジャズはただのテクニック野郎ばかり」はそんなことないよ。テクニックの水準が上がったのは確かだが、その上で内容もあるジャズもたくさんありますよ。
Seamus Blake “The Jupiter Line”(動画2012/02/04)
Joey DeFrancesco Trio “One Hundred Ways”(動画2016/05/12、Live from BluJazz, in Akron Ohio)
Avishai Cohen “Chutzpan”(アルバム”Gently Disturbed”)
Tigran Hamasyan “The Court Jester”(アルバム”Shadow Theater”)
Cyrille Aimée “When I Was A Child”(アルバム”Live at Smalls”)
John Hollenbeck “Wichita Lineman”,”The Moon is a Harsh Mistress”(アルバム”Songs I Like a Lot”)
James Carter “I Cant Give You Anything But Love”(動画、Keystone Big Band、Festival Django Reinhardt 2015)

神宮寺ケイさんからのコメント。

お父さんとの共演アルバムは大好きですが、他は余り聴かなくなった自分に気づいた。これが違和感なのだろうか。

私の愛馬は凶暴ですさんからのコメント。

ウィントンの演奏を聴いてジャズは死んだとは感じないんですが、死んじゃったジャズを上手に演奏してはるなぁとは感じます。生(活)きてるジャズを演奏したら、みんなも違和感感じないのではないかなぁと思います。
なんかショーケースに飾られている宝石でできた造花のようなんですよね・・・

kellyt0216さん⇒私の愛馬は凶暴ですさん

上手い表現だなぁ~

初音サヤさんからのコメント。

お兄さんのブランフォードがジャズミュージシャンの登竜門であるバークリー音楽大学に入学してるのに対して、弟のウィントンはジュリアード音楽院にクラシック音楽専攻で入学している。
あたしはブランフォードの演奏が大好きだけど、クラシック上がりのウィントンも嫌いではないです。
ウィントンの演奏で特に好きなのが弟のデルフィーヨをモチーフに書いた『Delfeayo’s Dilemma』です。
超一流のメンバーを従えての演奏🎶
是非聴いてみてください😃
特に全盲なのに完璧にピアノを弾きこなすマーカス・ロバーツの演奏は凄いとしか言いようがない😬

Blues2017 Guitarさんからのコメント。

JAZZを殺したのはBE-BOPだよ。
BE-BOP奏者じゃ無くて、その取巻き、偏狭な熱狂的な信者。
それまでの多くの人々に好かれていたJAZZを中国の文化大革命時代の紅衛兵のようなこれまでの文化の否定と破壊。
BE-BOP信者とマルクス信者は共通性が高い。

熊谷直康さんからのコメント。

その違和感ということで言えば、ブランフォードにも感じます。独自の下地を持っていた人達がジャズをやり出したって感じがしています。

mic- hornsさんからのコメント。

メッセンジャーズのライブ映像LDが、初見で有り初聴きなんですが確かに違和感を感じましたね。
同世代で、当時自分もトランペットを嗜んでいたのでソロのフレージングとか明らかにJazz色を感じられず、上手いんだけどなんか違うって(笑)
楽器もヴィンセント・バック社のヴィンドボナボア(ウイーンボア)にオーケストラ奏者が使うような1Cと言う大き目なマウスピースを使用。
クラシックが本業なんじゃねーの?と思っていたら、後にクラシックレパートリーを録音して「ほら、やっぱり」と納得したもんです。
或る時期から所謂Jazzっぽいフレージングを多用する様になって、あー勉強したんだと思ったもんです。
ただ、高音域競争に陥りがちなトランぺッターが多い中で、我が道を行くと言うスタイルは嫌いじゃありませんがね。

Koji Nさんからのコメント。

30年ほど前にはじめて聞いた、最初のWyntonさんへの私の印象は、『operaなどの美声系歌手の発声法で、違和感満載にして、Jazzを歌っている』でした。Jazzにしては、声、音の響き、が明らかに異質だと。
おかげさまで、なるほど、私は彼が勉強中だった頃の演奏を聞いていたのだ、と納得できました。

AI-chan あいちゃんさんからのコメント。

違和感を感じているかたは、なぜ違和感があるにも関わらずなぜそれを「ジャズの括り」に入れているのだろう?

K.T.さんからのコメント。

ウィントンがジャズを殺したするなら、それはそれで凄い影響力ですね。

瀬古井 渋吉さんからのコメント。

ウイントン・マルサリスよりブランフォード・マルサリスの方が好き。

マヌルTVさんからのコメント。

演奏しないのに批判してる人には笑っちゃう〜

Hiro3さんからのコメント。

スタンダードタイムを聴いたのは大学2年だったかな・・本当にカッコいいと思うったよ。あれを否定してるのは団塊の世代、いま70代以上のジャズ原理主義とでもいう世代かなと思うなあ

heygo “ripple”さんからのコメント。

今ではジャズを代表するジャンルであるビバップですら流行り始めた時には
スイングジャズの好きな人たちからはこんなのジャズじゃないと言われてる。
マイルスデイビスがモードジャズやった時にもボロクソに言われたらしいし
ジャズマニアの言うことは昔からくだらない与太話なので気にする必要ない。

石橋敬一 Keiichi Ishibashi Jazz Bassさんからのコメント。

リスナーと演奏家の違いでしょうね。私はボストンのバークリー時代にブランフォードとジェフ・ワッツはよく一緒にやっていて、ウィントンともニューヨークで共演したこともあるので、彼らのサウンドやプレイはよく知っています。ミュージシャンからすると、ウィントンは彗星のごとく現れた怪物です。82年のスタンダード・タイムが出た時は1曲目のAutumn Leavesを聞いただけで驚きましたね。それまでの4/4のSwingを当たり前にやるのではなく、同じパルス(4/4拍)の中で1~8分割で演奏するなどそれまでのJazzでなく斬新で驚愕しましたね。ウィントンはmusician’s musician、つまりミュージシャンが認めリスペクトする存在だと思います。我々ミュージシャンの間ではそうですよ。ウィントンもブランフォードもデキシーを吹くとムチャ上手いですよ。やっぱり彼らはちゃんと古い歴史から学んでるプレイヤーだと思いますね。

シローさん⇒石橋敬一 Keiichi Ishibashi Jazz Bassさん

自分も多少ピアノを弾きますが、プレイヤーはどうしても練習を積み重ねた時間に価値を見出してしまいがちです。でも音楽の本質は人の心を動かすことで、どんなに膨大な時間をかけたものだろうが心を動かさないものよりも、その辺のあんちゃんがギター弾き語りでもして女性客が涙を流してたらそのほうが価値がある、と言える視点も必要だと思います。

でマルサリスですが、コントロールの次元が非常にハイレベルなのは分かります。でも音の伸ばし方やダイナミクス&音色のフレージング的なコントロールに違和感は僕も感じます(自分は高野さんよりもっと下の世代です)。
ピアノでも、現代の世界トップクラスのクラシックピアニストがジャズ的なものを弾いてる動画を見かけることはある。そうすると技術だけで言えばジャズの比じゃないんだが、やっぱり歌い方は違和感あるんです。関西弁を真似ても関西人が聞いたら違和感ある、というのに非常に近いと思う。

でも結局マルサリスはジャズを殺さなかったですね。ジャズ史的にみると彼は孤立、というと言い過ぎだが、それに近い状態になって後に繋がらなかった。愛され今後も聴かれ続けるのは例えばロイ・ハーグローヴのほうだと思う。

追記)マルサリスは何枚か聴いたけど、一枚心を動かされたのはTribute to John Coltrane “A Love Supreme”、エルヴィン・ジョーンズのバンドにマルサリスが加わった1992年新宿ピットインのライヴ盤。エルヴィンの強力なカラーのせいか。tubeにあったり無かったりするかもしれないので、マルサリスに違和感感じる者でも大丈夫なマルサリスの演奏、聴いてみてください。長文失礼しました。

石橋敬一 Keiichi Ishibashi Jazz Bassさん⇒シローさん

そういうコメントは予想通りです。当たり前のことなのですが、芸術や音楽は結局その人の好みなんです。だからウィントンはmusician’s musicianと書きました。我々演奏家からすると、とても素晴らしいです。
音楽的には下手くなのに売れる人、逆にもの凄く素晴らしいのに評価されない人もいます。結局はその人の人間性も含め、発信するものが受信側が受け取れなければその人の音楽は認められません。つまり聞く側が「好きか嫌いか」ということです。なので好みの問題は議論のしようがないと思います。なので、違和感を感じるというコメントが結構あるので、私はそうは思わないとコメントしたまでです。あくまで一意見です。

シローさん⇒石橋敬一 Keiichi Ishibashi Jazz Bassさん

ちょっと言ってる意味が分かりません。「好み」だから「私は違和感を感じない」ならまだしも、なぜ急に「我々演奏家からすると(とても素晴らしい)」と主語が急拡大してしまうのでしょうか。私もピアノを演奏しますが素晴らしく感じないです。

また「好み」に全て還元してしまうのも疑問です。分解すれば「楽器のコントロール能力」自体は素晴らしいことにみんな異論はないけど、それによって表現される「ダイナミクスやアーティキュレーション」がジャズと合ってるようで合ってない、表面的には関西弁をなぞっているが関西人が聞くとどこか違和感を感じる状態だと思う人が一定数いる。

「楽器のコントロール能力」も「(ジャズらしい)ダイナミクスやアーティキュレーション」も必ずしも完全な「好み」でなく、ある程度標準的な理解が可能な要素です。後者で言われる違和感が、クラシックの人がジャズをやってるよう、という印象もかなり共通しています。

ようするにあなた個人が「楽器のコントロール能力」を(訛りよりも)より注目して評価する傾向があり、コントロール能力を磨くことに相当な努力の投入が必要なのは確かなので、プレイヤーとして心情的にそこを汲んでしまいがち、ということなのではないでしょうか。僕も技術を軽視どころか重視するほうなのですが、投入された努力はいわばサンクコストのようなもので、音楽そのものの評価と関係ないということも忘れないようにはしています。

石橋敬一 Keiichi Ishibashi Jazz Bassさん⇒シローさん

ありがとうございます。>私もピアノを演奏しますが素晴らしく感じないです。これも一意見ですね。あなたの言うアーティキュレーション等、つまりジャズ言語の話になりますが、私は十分ウィントンからジャズ言語を感じます。もしそれがなければ他のアメリカンミュージシャン(特に黒人)からリスペクトはされないはずです。あなたが言う言語の訛りもその人の個性として大事に受け入れられるのがアメリカのジャズです。
このコメントはきりがないのでこれで終了にしますね。

シローさん⇒石橋敬一 Keiichi Ishibashi Jazz Bassさん

しつこくしようとは思ってませんが最後に一点だけ勘違いしてそうな点。「リスペクト」のほうがハードル低いからね。マルサリスだってあの音楽を聴かせるために相当努力してるのは絶対間違いないから僕だって一定のリスペクトはしてますよ。
でも本当に心動かされる音楽に人は例えば、会場まで足を運び、高いチャージを払ってくれるけど、そっちのほうがはるかにハードル高い。

マルサリスが象徴的すぎるけど、他にもリスペクトはするけどなんでこうなるんだろうという”一流”ミュージシャンはいっぱいいます。普段こういうdisしないけど敢えて言えば、アルトゥーロ・サンドバルは最高のビッグトーンとテクニック持ってるのに、なんで大半の演奏で無理矢理トンがったフレーズを見せびらかしたがって結果煮え切らないソロになるんだろう、とか、サックスのビル・エバンスは超うまいのになんで美味しいところをスルスル素通りするようなソロになってしまうんだろう(テクニックでは劣らないのにブレッカーの域になれない…)、とか。

みんなリスペクトはする(練習の大変さを知ってるプレイヤーなら当然)けど、金とライブ会場までの手間を使って聴きに行きたいかと言われるとそうならないのは、心を動かされないから。

propos alainさんからのコメント。

ファンキーでもアーシーでもなく… 素晴らしいよ

Homo fortuitusさんからのコメント。

漫才の例えがわかりやすすぎて納得🤣

mmkkさんからのコメント。

クリフォード · ブラウンに比べると音が硬い感じで(今の所)好きになれない。

Mikio Itoさんからのコメント。

かなり前の動画なのに、コメントが途切れないのはウィントンマルサリスへの違和感が、「根深い」からかなと思います.演奏する人かしない人か.プロかアマか、ジャズとの関わりが長いか短いか.などなどいろんな切り口で.違和感の有無や強弱は変わってくるとは思いますが.
私はトランペットを吹くので、ウィントンの最初のリーダーCDをジャズトランペッターの究極形として感じていまだに刺激を受け続けています.一方で長年雑多にジャズを聴きまくったリスナーからすると、いろんな彼のCD群はあまり魅力的に思わなかったりします.私の好きなジャズトランペッター15選には入ってきません(要するに16位).15選に入っている人たちは限界や弱点を持っていたあるいは持っているけれど、ジャズの進化に何らかの寄与をした人たちだったのかなあと思います.
確かジャッキー・マクリーンがウィントンのことを、「あいつは若いのに保守的すぎて、つまらん」みたいに辛辣に批評していたインタビューを読んだことがあります.ジャズの伝統をリスペクトするのは当然としても、自分がジャズを変えていく気概がない.そんな感じでした.私のウィントンへの「違和感」は多分そういことなのかなとふに落ちた気がしました.
高野さんの動画と無j理に絡めるとするならば、ウィントンの保守性そのものが薄っぺらいということなのかも.

キロニウス アテイクスさんからのコメント。

声が素敵です😊シャッサに似てますね。

Ishibashi Junichiroさんからのコメント。

はじめまして、コメントお許しくださいませ。
高野さん他、いろんな方のコメントを読ませていただき、私なりの思いを書かせていただきます。
私は、ウィントンよりも弱化年下の62歳。ですがウィントンの登場以前からのジャズリスナーです。
なので御他聞にもれずといいますか、ウィントンの登場に違和感を覚えたことを記憶しています。
その後も40年以上に渡って、ジャズをそして時おりウィントンを聞いてきました。
今日、こちらの記述を読ませていただいた後に、自分なりの”解析”を試みましたので、読んでやってください。

「まず最初に言えることはウィントンという人が、あまりにも大きな才能を抱えて世に出てしまったことに問題の発端がありそう」という考察です。これは「18歳でジャズメッセンジャーズでジャズ界デビュー」「V.S.O.P II参加」というこれ以上ないくらいの華々しい出だしが冒頭にあるわけです。
ここで、例えばV.S.O.Pの前任者フレディハバードとの比較が否応なしに頭に浮かんだとしますね?
・どちらのトランぺッターも良く吹ける
・ハービーの音楽性にちゃんと並走できる
って並べて「若いのに、フレディ同等」って評価が成立します。

ところが、あとから考えると
フレディの吹奏には、吹ききれないフレーズを無理やり一小節に押し込むような強引さがある
ウィントンの場合、どのフレーズもう余裕があって、破綻が感じられない
と気づくのです。

さて、みなさんはバド・パウエルやパーカーがお好きでしょうか。
私は、大好きなわけですが。パウエルも、パーカーも破綻込み。場合によっては破滅込みのあやうさに魅力があると思ってます。これを、迫力とか鬼気迫るとかって感じ取るわけです。
多分、この破綻が耳につく人は、好きになれないのでしょうね。

さて、ウィントン。彼に欠けているものがあるとすれば、この破綻感。彼の演奏能力の高さが破綻を寄せ付けないのか、彼の音楽的美意識がそうさせないのか。
いずれにせよ彼は破綻の存在しないジャズの在り方を、証明してしまったわけです。
そして、当時のジャズジャーナリズムも、コマーシャリズムもこぞってこの破綻を含まないスタイルを新基準にして、二番煎じ探しを始めます。私にはOTBあたりが、その候補だったように思えます。

ウィントンにとっては、この時点ですでにトップクラスであるハービーを相手に、自分が充分通用することを、感じてたと思うんです。
その上で、自分のやりたいものは、ここにないとも、思っていたかもしれませんね。

後に、ジャズアットザリンカンセンターオーケストラを率いているウィントンは、本当に彼がやりたかった事をやってるように見えます。

おそらく彼はエリントンのように、バンド全体を把握し、コントロールしながら、アイ・コンタクトと自分の音でバンドを引っ張っているのです。ウィントンの目指す音楽の大きさは、ハービーのスピークライク・ア・チャイルドがピアノソロだけの演奏になってることとの比較でも、わかるかもしれませんね。

付け加えるなら、デューク・エリントン・バンドの音には、
ポール・ゴンザルベスにもジョニー・ホッジスにも、そしてエリントン自身のピアノにも、
どこか「ソロの強引さ」「崩れ込みそうな危うさ」が含まれていると感じます。

一方で、ウィントンが率いるバンドの音には、そうした破綻や危うさはほとんど感じられません。

ウィントンが「ジャズを壊した」と言われることがあるとすれば、
その本質はこの点――
破綻や危うさを内包しないジャズの在り方を、あまりにも明確に提示してしまったこと
にあるのではないか、というのが私なりの考察です。

Future Jazz Japanさんからのコメント。

なんと!やっぱりそう思う人が結構いるんですね!自分は「Wynton Marsalisはジャズじゃない」と思っていました(それは批判ではなくジャンルの名前の問題だけ)! 簡単に言えばジャズのコードの特性音をちゃんと出していないからジャズ的には淡白に聴こえるんです!
自分は音楽を聴かないようにしているので、あまりたくさん聴いてないですが、たまたままだ聴いていた頃に、あるドラマーからテープをダビングしたものをもらったので、ワーキングホリデーに行く為にオーストラリア中を旅しているときに何度も聴いてましたが、なんせ「Standard Time Vol.1」のなかのあらゆるリズムのトリックが素晴らしく(主犯はJeff Wattsでしょうが)、ドラマーでもなかなかとりにくいぐらいのリズムの中を泳ぐあのリズム感はかなり極限的なものがありました。そしてトランペット自体の技術はみなが称賛していますが、正直なところ、そこに関してはそこまでとは思えない余裕のない音色の部分もかなりありました。なので、彼は1.プログレッシブなリズム感、2.クラシック的な技術、3.ジャズという順番での特性を持っていると思いました。
ジャズ、という中では、コード進行を綺麗に反映してその特性を出しながらつないでゆくという重要な部分がかなり抜け落ちていて、
(モダン)ジャズを通らずしてコンテンポラリージャズをやってしまっているという点ではちょっと残念です。

hiroono1さんからのコメント。

ウイントン・マルサリスに感じるのは、天上天下唯我独尊。 共演者に対するリスペクトや会話の意思が全然感じられない。 だからドラマがない。 ただ、彼のテクニックのショーケースになっているだけ。 結局つまらないのよね。

Kawai Andyさんからのコメント。

ウイントン(・マルサリス)は確かに卓越した技術を持ち、ジャズの伝統を深く研鑽していると思います。しかし、彼は一体何を「創造(クリエイト)」したのでしょうか。
昨今の若手ミュージシャンは一様に高いテクニックを備えており、驚くほど複雑な構成や超高速テンポの楽曲も完璧にこなします。もし、こうした「破綻のない高精度な演奏」自体を一つの新しい表現として定着させたのだとすれば、その源流の一つにはウイントンがいるのかも?しれません。
ただ、同じトランペッターであるマイルス・デイヴィスのように、聴き手を圧倒し、時代を塗り替えるほどの「サムシング」があったかと言えば、疑問が残ります。マイルスはモード・ジャズ以降もスタイルを劇的に変遷させていきましたが、常にどこか謎めいた、つかみどころのない「余白」を抱えていました。その不可解さやカリスマ性こそが、アーティストとしての最大の魅力だったのではないでしょうか。
翻って現代のジャズシーンを見ると、様々なジャズの表現はさらに深化しています。DJとフリージャズの融合、あるいはヒップホップと電子音楽、ミニマルミュージックが溶け合った「トリップホップ」的なアプローチなど、離散的なアイデアを取り入れながら未知の響きを生み出しています。
そうした革新的な動きと比較すると、ウイントンの歩みはあくまで「正統」であり、ある種、「非常に分かりやすい」ものです。この保守的とも言える真摯な姿勢こそが、彼に対する評価や好みを分ける境界線になっているのだと感じます。

(文章力がないので書いたものをAIに添削してもらった文章です。(笑)😺

武田正義さんからのコメント。

ナトリウムの様に、すぐにイオン化しないと、つまらない。

さんからのコメント。

ジャズミュージシャンじゃなくジャズ演奏家

さんからのコメント再び。

ブランフォードは好きだがウィントンは嫌い

souleyesさんからのコメント。

ウィントンも一人のトランペッター 。ただマイルスと揉めたのが良くない。いろんな面で干された。

ryouou shimazuさんからのコメント。

濃淡があるのがまたいいのではないですか?

doramuさんからのコメント。

自分の中ではイージーリスニング

衣笠丼さんからのコメント。

ウィントンのペットは魅力を感じないので全く聴かないです。

2026年5月1日

2022年9月26日21:45