モダンジャズの巨人50人

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モダン・ジャズ の巨人50人と、モダン・ジャズ以前の巨人15人は誰だ?!

1999年に出版された『決定版 モダン・ジャズ名盤500』(音楽之友社)では、市川正二、岡崎正通、佐藤秀樹、悠雅彦(敬称略)と4人のジャズ評論家が、6年前に発売された『決定版 モダン・ジャズ名盤500』に引き続き、新たなジャイアンツの選定を喧々諤々と決めています。その過程が面白い。
思わず動画にしてしまいました。

この本ですね。

6年前に発売された『決定版 モダン・ジャズ名盤500』より、だいぶバージョンアップした感あり。

モダンジャズ以前の15人がセレクト、紹介されているのが嬉しいですね。

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コメント

Masanori Matsudaさんからのコメント。

雲さんの解説が
面白いので
注文しちゃいました~

ありがとうございます😊

高松貞治さんからのコメント。

『決定版モダン・ジャズ名盤500』を買ったと思ったら今度は『完全新版モダン・ジャズ名盤500』!お金が足りない😭

😱

Jさんからのコメント。

リーモーガン が ないですね      もう2度と この四人の選者には モダンジャズという言葉を 使ってほしくないなあ~
早出の天才には きっと様々な中傷 嫌がらせが ず~と続いたんでしょう      みなパーカーに集約させて ごまかしてますね
                     J

あれ、いますよ?
読み忘れたかな?
市川、岡崎、悠の3氏が選出されています。

キャッチフレーズは
「疾風のように登場し、去っていった
 永遠のトランぺッター」

紹介されているアルバムは、『リー・モーガン vol.3』、『ザ・クッカー』、『キャンディ』、『ライヴ・アット・ライト・ハウス』の4枚でした。

Jさんからのコメント。

そ~ですよね~     いや~中々勉強になるし 面白いと思いました   モーガン はやとちりですね   ほっ😃
                     J

チェット・ベイカーが選ばれているのに、リー・モーガンなしというのはちょっとねぇ……。
あ、べつにチェットが格下というかそういうわけではないんですけど、『ザ・サイドワインダー』のようなヒットを飛ばしていないし、一時的であるにせよシーンに与えた爆発的影響力や、ジャズのカッコよさのひとつを体現した「ジャズマンらしいジャズマン」といえば、やっぱりねぇ。
とはいえ、チェット・ベイカーも、べつな意味で「ジャズマンらしいジャズマン」ですけどねw

カトウシュンさんからのコメント。

うーん、これを読んだらまたジャズのCDが増えてしまうなぁσ(^_^;)?
3人のやり取り面白いですけど編集者の方が大変そうだし、1時間近く喋ってる高野さんのカロリーの摂取量も凄そう(^-^;

お気遣いありがとうございます。

喋った後は、ドーナツや今川焼で当分補給をしています(笑)。

最近、冷凍今川焼きがスーパーで売られているのに目を付けて、ハマっております。

完全にNHKの朝ドラ『カムカムエブリバディ』の「回転焼き」の影響です(笑)。

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MrNOBUchanさんからのコメント。

デューク・エリントンは、長年ジョニー・ホッジス(as)をソロイストの中心、自分のオーケストラの絶対的花形として雇い続けました。何を思ってか、ホッジスは五十年代、一時エリントン親分の下を離れて活動したことがありましたが、結局エリントンの下に舞い戻り、亡くなるまでデューク親分の下で、最高のアルト・ソロを吹き続ける道を選びました。
ビバップの、そしてモダン・ジャズの父、巨人チャーリー・パーカーが、理屈抜きにあこがれ敬愛し続けた偉大な先輩アルト・サックス奏者、それがジョニー・ホッジスでもありました。パーカーは、ウィズ・ストリングス・セッションで実に嫋嫋(じょうじょう)と歌うソロを展開していますが、あの時彼の脳裏には、越えがたい先輩ホッジスのソロ・フレーズの数々がこだましていたのでは・・・などと妄想するのです。

ジャズ鑑賞歴が歴長くなるほど、少しずつホッジスの偉大さ、素晴らしさがじわじわと染みてくるようになってきています。

Hiromi Hasegawaさんからのコメント。

話を大きくするのも大人げない気がしますが、内幕を知るとこういうカテゴリー分類型というか系統樹型の批評の限界、治まりの悪さ(結局誰も納得しない)が露わになった様に見えます。批評の方法には中村とうよう氏、岩崎千明氏のように構造を見る立場、高野さんの秀逸な例えだと肉じゃが(エリントン)とカレー(マイルス)と豚汁(ミンガス)は全く別の料理の様だがは実は同じ構造ではないか、とするとエリントンがモダン以前か以後かという設問自体が無意味になります。もう一つは(高松さんが引用されていましたが)マイルスという「特異点」を徹底的に掘り下げていく事でジャズの本質に迫る中山さんの方法で、これって昔柄谷行人が「文芸批評の批評」(メタ批評)でしていた話と同じかな?と。結局「両方やらないとダメ」という結論だったような気がします。

興味深いですね。
人選も大事だということが分かりますね。
せっかく4人集まるのであれば、それぞれ視点の異なる選者を集めたら、もっと立体的な議論が展開されていたかもしれませんが、収集つかなくなっていたのかもしれません(笑)。

博 橋本さんからのコメント。

知り合いにマイルスが好きだと言う大学生がいます。好きなアルバムを訊いてみると『バース・オブ・ザ・クール』と『オン・ザ・コーナー』が好き。あとはまだ知りませんと言うこと。もちろん彼らの音楽情報取得はサブスク経由です。
『バース・オブ・ザ・クール』ときて間を飛ばして『オン・ザ・コーナー』。私の同世代にはちょっと見当たらないマイルス・ファンです。
多分私たちは奥の方から手前に向かって並ぶトランプの札を奥から順に奥行きを持って眺めます。
しかし彼らは手持ちの札を両掌の中でパッと広げ、右から左、左から右へと表面で一望して<これとこれ>という具合に気に入った札が選べます。彼の場合も気に入った曲を選んだらマイルスが二曲あった。ということだった様です。それ以上の様子は今のところ聞いてはいませんが。目の前に広がる表面の面積に現在の私はまだついていけません😅

面白いですね。
つくづくフラットな時代になってきているんだなと思います。

「目の前に広がる表面の面積」とは言いえて妙な表現だと思いました。
そして、その広さゆえに、気おくれして結局アクションを起こさない人もいるでしょうし、逆に次から次へと貪るように食べつくす人もいるんでしょうね。

かつてリアルタイムでマイルスに接してきた人は、リアルタイムで追いかけたり、現時点から溯ってスタイルの変遷を追いかけたり、理解したり、疑問を感じたり、共感していたのでしょうが、現在大学生の方は、目の前に広がるのは既に亡くなってしまったミュージシャンの膨大な音源が広がっている。
で、好きなところからチョイスできる。

それがたまたま『クールの誕生』と『オン・ザ・コーナー』というある意味「真逆」というか水と油なスタイルのもの。
だけど、好きな曲を見つけているということは、彼なりの楽しみ方があるのでしょう。時系列やスタイルといった重たい予備知識が、(おそらく)無い分、かえって身軽に好きな音源をチョイスして聴けているのかもしれません。

で、だんだん興味が出てきたエリアを深堀りしたり、関連するものを鑑賞していくうちに、「自分はこのへんのマイルスが好き」と好みのエリアが絞られてくるのかもしれないし、「マイルス?うん、好きだよ。好きな曲もいくつかあるよ。《ミロのヴィーナス》と《ブラック・サテン》がいいね」で終わるかもしれません(笑)。わかんないけど。

これは、どなたかの本に書かれていた内容で、誰の何という本なのかは失念してしまったのですが(寺島靖国さんの本だったような……)、こんな話を思い出しました。
ジャズに詳しい音楽教師が、「ジャズという音楽の幅の広さ」を生徒に教えようと、ルイ・アームストロングと、モダンジャズと、最後にセシル・テイラー(だったと思うのですが、ようするに前衛でフリーっぽいもの)を授業でかけたそうです。
先生の意図としては、「ほ~ら、ひとくちにジャズといっても、こんなに違うんですよ」ということを生徒に感じてほしかった。
しかし、中には、「ルイ・アームストロングとセシル・テイラーが同じ聴こえた」という生徒もいたそうです(笑)。

興味ない人からしてみれば、キャンディーズも乃木坂46も同じに聴こえちゃうのと同じ現象なのかもしれません。で、細かな違いをあれこれ並べられる人ほどマニアなのでしょう(笑)。

と、つらつらと感想ばかりで、特にまとまりのない内容ですいません。

博 橋本さんからの返信。

おっしゃる通り今の若者は身軽に好きな音楽をチョイスしていますね。
私も毎日身軽に手持ちのジャズを楽しんでいます🎵

身軽が一番!だと思います。

Hiromi Hasegawaさん⇒博 橋本さん

良し悪しはともかく「教養主義」の終わりという事ですね。映画批評だと淀長さんが「主人公がなぜこういうセリフを言うのか分からない」ので歴史書や文学書を読んだり美術館に行ったりしたというのを聴いた世代なのでちょっと複雑な気分です。最近オーディオ系チャンネルでも異なる意見が出ると「所詮は好き嫌い、自己満の世界でしょ」という冷笑系の人が必ず出てくる(苦笑)、評論自体が成立しないのかもしれません。

おっしゃるとおりだと思います。
「所詮は好き嫌い、自己満の世界でしょ」は、まあそりゃあそうなんだけど、それ言っちゃオシマイヨなところがあって、いやむしろオシマイではなくて、そんなこた当たり前、思考停止・判断停止宣言を初っ端からせずに、それを前提にスタートしようよ、という姿勢って、やっぱりウザくて、重くて、少なくとも今風ではないんでしょうね。

私は、もちろんすべてとはいいませんが、出来事の多くには、そこに至るまでの文脈、動機、流れがあると考えたい性質なので、淀川長治さんの姿勢は素晴らしいと思います。というか、本当に興味のあることだから、そうせずにはいられなかったんでしょうね。

そこまで没入できる対象を「持たない・持てない・余裕がない」人が増えているのかもしれません。

博 橋本さん⇒Hiromi Hasegawaさん

マイルスの自伝を読むと若い頃は良くJ.J.ジョンソンと連んでいた話が出てきます。薬からの脱却目指して実家に帰る時に金が無くJ.J. の父親から金を借りたとかの記述もありました。
私は何かジャズが出来あがって行く時の、この様な逸話も共に知りながら聴くジャズが好きです。

Hiromi Hasegawaさん⇒博 橋本さん

博 橋本さま リプライありがとうございます。コメントを拝読して、何故かプレステの”The Musings of Miles”のカバー写真(当時はおしゃれだった?)、素肌にジャケットを羽織った、ちょっとダサいマイルスが頭に浮かびました。
私が本格的にJazzを聴きだした80年代はFusionと山下達郎の時代でJazzはある意味で「終わっていた」。高野さんがどこかで仰っていましたが「こちらから積極的に近づかなければ」近づけない、邦楽と洋楽の区別もはっきりしていたので今のようなフラットな空間ではなかったな、とつらつら思い出しました。

トイペット愛玩具さんからのコメント。

ウィントン・マルサリスがモダンジャズの巨人に入っているのにはどうしても違和感を抱いてしまうのですが、このリストが選定された1993年時点ならではの評価だったんでしょうね。

「最近の人」がほとんどいないから、やっぱりウィントンくらいは入れとかないとね、というような空気だったのかもしれませんね。

トイペット愛玩具さんからの返信。

ウィントン・マルサリスがデビュー当時注目されたのは、バップ時代の花形楽器であったトランペット奏者、更に二十歳そこそこの年齢にして人も羨む様なテクニックの持ち主で品行方正という事で、当時のジャズの状況を快く思ってて無かった人達にとっては救世主に写ったのかもしれませんね。
 但しウィントンが評価されたのは彼自身の音楽性では無く、その時代に4ビートのアコースティックジャズを演奏していたという点に過ぎなかったのではと感じてしまうのです。

>評価されたのは彼自身の音楽性では無く、その時代に4ビートのアコースティックジャズを演奏していたという点に過ぎなかった

これは一理あるとは思います。
もし、ウィントンが、もう少しヘタクソなトランぺッターだったら、おそらく一過性の話題で終わっていたのかもしれません。
しかし、彼はトランペットが、めっちゃ巧い、もう小憎らしいほどに平然と難しいことを難なく涼しい顔でこなしちゃうから、よりいっそう問題がややこしくなっちゃったような気がしないでもありません。

ま、音楽性や思想(伝統芸術として残し、アカデミックなものとして啓蒙していきたい、というような)はともかくとして、単純に演奏力に関していえば、やっぱり「スッゲー」と思わざるをえない要素も多く、私の場合はたまーに聴くアルバム5だとすると、まーったく聴かなくなっているアルバム5と、綺麗に半々に分かれている感じですね。

手放しに絶賛はしないけれども、無条件にディスることも出来ない、良いものもあるし……、と、こうなんというか、奥歯にものがはさまったようなニュアンスになってしまうのが、私にとってもウィントン・マルサリスなんです。

御駄賃取郎さんからのコメント。

昔のSJ(1970年頃)で「歴代最高のジャズピアニストは誰か?」という座談会記事があり、評論家に混じって参加した菊池のぷーさんが「俺帰るわ。。アート・テイタムがリストにない座談会なんて意味ないもん。」というのがあった。かなり衝撃的なエピソードなので強く記憶に残っている。そしてまた「俺、専門誌に自分がどう書かれているかなんて興味ないし読まないもん。」と語ったとも。。。しかし後年になって「あいつ、その割に自分の評判については異常に詳しいよなあ・・」と有名なプロモーターの社長の講演で聞いた。。まあ気にするほうが自然に思う。しかしこうした選別会はおよそ20年周期でやられると面白い。個人的に今読んでみたい企画は「ジャズの50年後の姿」という座談会である。世代をこえて集まって討論予想していただきたいものだ。
高野雲さん、Gさんにあの元講談社のお方(すごい本をだされて目から鱗でした)を加えてあくまでお楽しみ企画としてどこかでやってくれないかしらん?(笑)早春さんのような若き才能の参加ものぞめたらうれしい。。

テイタムが選ばれるかどうかは別として、それ以前のリストにも掲載されていなかったわけですか!?
もしかしたら、「モダン以前だから」という「縛り」で外されたのかもしれないけど。

「元講談社のお方」ってどなたでしたっけ?
「小学館」ではなくて??

「ジャズの50年後の姿」という座談会ねぇ。万が一(億が一?)そのような企画が成立し、呼ばれたとしても、私はいかない、いかぬ、いきません(笑)。

だって考えたこともないから。

「鉄道ファン」にたとえるとすると、私は「蒸気機関車」や「ブルートレイン」のファンです。だから最近の北陸新幹線には興味ないし、「鉄道の未来」についても考えていないタイプのファンです。

また、「航空機ファン」にたとえるとすると、私は「第二次大戦中のプロペラ戦闘機」のファンです。だから最近のジェット戦闘機には詳しくないし、知とうという気力もないし、したがって「航空機の未来」については考えたこともない。

それと同じ感じですね。

ただただ毎日、自分が好きなことを話すことが楽しい。
「大井川鉄道の鉄橋をもくもくと煙をあげて走る姿いいっすよね~」とか、「源田実率いた戦闘機隊・343空の強さの秘密は~」など、嬉々として語っているだけのオッサンです(笑)。

最近のジャズをチェックしているわけでもなければ、演奏家に知り合いもいない、したがって最近のトレンドも知らないし、ライヴハウスにだってここ数年足を運んでない。
そんな「ないないづくし」な人間が、そのような座談会に出席するなんざ恥知らずもいいところですし、未来を語るだなんて僭越極まりないことだと思います。それと、「予想屋」みたいなことをしたくないというヘンな自意識もあります。

今後50年に関しては、きっと、もっとふさわしい人がいると思いますよ。

私の場合は、好きなことだけダラダラ話して、ジャズ好きと年に数回酒を飲む。そんな気ままな生活を送れれば、それで大満足なのが今の私なのであります。
申し訳ない。<(_ _)>

御駄賃取郎さんからの返信。

村井康司さんて講談社とばかり思っておりました。

あ、やっぱり村井さんでしたか。
村井さん著の『あなたの聴き方を変えるジャズ史』は素晴らしい本だと思います。

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Jさんからのコメント。

元々 音楽之友社は クラシック向けが 強いのかな 私も 楽興の時 ヨーロッパの手帖から とか 高田博厚 私の音楽ノート etc   お世話になりました
ジャズに関して 疎いのかな~     レーベルで例えるとECMとか ちょっとまてよ 身構えますよね~
                    J

たしかに譜面をたくさん出している出版社なので、クラシックに強いという印象があります。
実際、定期刊行されている『音楽の友』や『レコード芸術』もクラシック中心の雑誌ですしね。