女房自慢マン

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以前アップした動画「ケニー・ドーハムのトランペットをめぐって~青二才 vs. 大御所評論家」(こちら)に視聴者さまよりいただいたコメントを紹介した動画をアップしました。

コメント

オカハセちゃんねるさんからのコメント。

女房自慢出来るマインドは、度が過ぎなければ割りかし健康的だと思いますけどね。女房の悪口ばっかり言ってる人よりは平和な家庭のように感じますしね(^。^)
でも、まどろっこしいノロケ方はめんどくせぇっすね(笑)

めんどくせぇっす(笑)。

kamaichi2002さんからのコメント。

ごめんなさい。私です…(反省)。

あれれえ?笑 私はかまいちさんにそんな印象を抱いたことなんて、全くありませんよ~~!^^

御駄賃取郎さん⇒kamaichi2002さん

私が最初に買った粟村さんの本はジャズの歴史(音楽の友社刊)でした。私は最初に読んだジャズ本が油井正一さんの「ジャズの歴史物語」でしたので、次に読んだ粟村さんの本には「生真面目さ」しか感じず、「師は一人が良い!」という考えから粟村さんの本からは離れました。
それとマスターのおっしゃるようにSJ誌上での「読者対応」にどこか「上から目線」を感じて反感を感じました。

その他詳細は高野マスターの今朝の「御駄賃さんも読んでね。」という呼び掛けに対しましてのご返事させていただきました。
でも私が調子にのって、余計な事?まで書いてしまいましたのでお許しいただけるなら、「読後・削除」してくださればありがたく存じます。あ?あくまで、ある個人情報に関する事ですので、お許しくださいまし。。m(_ _;)m

kamaichi2002さん⇒御駄賃取郎さん

了解しました。でも女房自慢、昔(二十歳頃)の超美人彼女自慢したことはあるので、やはり少しは責任あるかなと思います。よって削除は致しませぬ。

TAKESI0506さんからのコメント。

粟村さんの「ジャズレコードブック」を読んでジャズに目覚めた、粟村教信者の私としては、未だに洗脳から逃れることができないというのが偽らざる心境です😥
 高野雲さん朗読の「モダンジャズの歴史」は毎回必ず聴いてますが、ただいま進行中のビ・バップからクールあたりの時代は粟村さんが最も好む時代であったので、記述も特に力がこもっていますね。

スイングジャーナル77年6月号のアウトコーラス欄に粟村さんは以下のような文章を載せました。

『目下連載中の「モダンジャズの歴史」も近く完結。それを待って小生もジャズ論壇から姿を消すことにしました。特別な理由はありませんが、なんとなく、自分の仕事は終わったという心境になりました。来たる者あれば、去る者ありです』

これに対して次号の読者投稿欄に20歳の男性から、翻意(ほんい)を求める書き込みがありました。

『粟村さん、辞めないで下さい
 4月号のアウト・コーラスを読んでびっくりしました。僅か数行の記事が、小生をすっかり動転させたのです。それは評論家の粟村政昭さんが、ジャズ評論をお辞めになるということでした。小生には、とても信じられないことです。冗談なら、それはとてもわるい冗談ですよ。小生は、粟村さんの翻意を促すべく、こうして筆をとった次第です。
 小生はジャズを聴き始めて3年余。その間SJ誌を愛読してきました。初めてSJ誌を手にして、そのページを開いた時、まったく見知らぬ人達の写真を見て、レコード評を読んで、なぜかわけもなく感激したものでした。粟村さんのレコード評を読み、そしてまた折しも連載の始まった「モダンジャズの歴史」を読み、その歯切れのよい文章と確かな見識に裏うちされた評論は数ある評論家の中で一際精彩を放ち、「この人の書くことは信用できそうだぞ」と小生に確信させたのです。深い尊敬の念を持って……。それゆえ、粟村さんがジャズの仕事を辞めると聞いた時の小生の落胆ぶりは想像つくと思います。
 小生は粟村さんが好きです。メガネの奥のやさしい目と、あのおだやかな風貌からはとても想像できない厳しい論調は、小生の頭の中でなかなか一致しませんでした。レコード会社の商業主義にのった評論がよく見られる中で、評論家なら誰でもレコード会社から送られるはずの試聴盤が送られずに、身銭をきってレコードを買う姿勢は、明らかに他とは一線を画するものかあります。それゆえ粟村さんのレコード評は手きびしいの一言。でも、その中のジャズを愛するがために厳しくあろうとする姿に共感を覚えるのは、果して小生だけであろうか。また、こういう人こそマスコミが発言させるのが、マスコミの良心なのではないでしょうか。粟村さんの業績は計り知れないものがあります。キーノートやルーストの復刻は、まさにその代表例であり、著作では「ジャズレコード・ブック」があります。この本は小生にとってレコード収集の指針となりました。買った当初は、これを毎日読み耽り2Bの鉛筆で線をひっぱり、名盤の名前を片端から頭にたたき込んだものでした。またその文は簡潔にして的確、小生のような若輩者には示唆に富んだものでした。特にソニー・ロリンズ、バド・パウエル、レスター・ヤングの解説文は名文で、小生は幾度となく読み返したものでした。近年、ジャズは過渡期に入り、粟村さんをして「電化サウンドを敬遠する小生にとっては、今年のレコード界は大不作の年であった。ベスト・テンに挙げた作品は、いずれも、それ自体は立派なものだが、75年度のレコードとしてどうかということになると、どうも選出に自信が持てない」(75年2月号)と言わしめた。時代を揺るがす大作が出ず、しかも電化が破竹の勢いでジャズ界を牛耳っている今日、明日のジャズに期待が持てないので、粟村さんは去ってしまうのか。(それでは、あの大橋巨泉さんの二の舞ではないか!)
「ジャズ・ファンの大部分は20歳を境にして熱狂度の頂点に達し、やがて就職、結婚、子供の誕生といった幾つかの壁に当たって、かつての日の情熱を失っていくという。だが幸か不幸か30歳を数年過ぎた今日に至るまで、僕とジャズ並びにレコードをつなぐ縁はついに切れなかった。恐らく、こうした第三者にとっては何の意味を持たない情熱と努力と投資とは今後も際限もなく続いて行くことであろう」と、ご自分でお書きになっている。よもや、お忘れではあるまい。40歳を過ぎてもう引退だなんて、まだ早すぎます。まだまだスイング・ジャーナルを舞台に、おおいに筆をとっていただきたいのです。明日にも、新しいジャズの萌芽が現われるかもしれないのに、自分の使命は終わったなんて……。
多少愚痴っぽくなったので、そろそろ筆を置きますが、粟村さんのユーモアを交えたあのきびしい評論が読めなくなるのは、小生にとって痛哭の極みであります。最後に、粟村さん、やめないで下さい。未熟な小生の確固たる道標であって下さい。小生の心中、どうかお察し下さい。ほんとうに淋しいかぎりです』

粟村さんのもとには、このような多くの激励の声が届いたようで、ディスクレビュー欄担当は細々ながら続けられましたが、結局は長続きしませんでした。以前に書き込んだことのある鍵谷幸信さんとの確執などもありましたが、ジャズ界の流れが粟村さんの興味を持てないものに変わってしまった、というのが最大の理由ではないでしょうか。

SJ誌に投稿してきた読者の方の熱い気持ち、きっとTAKESI0506さんもこの方と同じように熱烈な粟村ファンなのではないでしょうか?

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