動画「コルトレーンに影響を与えたジャズマン〜セロニアス・モンク」(こちら)に視聴者さまよりいただいたコメントを紹介した動画をアップしました。
コメント
龍 大阪さんからのコメント。
龍大阪です。コメント返し、ありがとうございます。1957年前後のコルトレーンのディスコグラフィー、すごすぎない? どんだけ仕事してんだ(笑)
M-1グランプリで優勝するとその晩からオファーの電話が鳴りやまない漫才師かよ!(さま~ずの三村風に脳内変換してください)
コルトレーンって、不器用というイメージなんだけど(それを努力で克服したみたいな)、実は読譜能力が秀でて、初見で一発で録音できる人だったのかもしれませんね。
youtubeで、マーカスが譜面を初見で、見事に演奏してる動画があって、「すげえ」と思ったものですが、当時のハードバップで一戦で活躍してた職業ミュージシャンは、「そんなん、あたりまえやんけえ」ってことだったのかも。カーネギーのモンクとコルトレーンの「スイート・アンド・ラブリー」。あのアンサンブル。コルトレーンより少し後に出てきた、ショーター的な、絶妙な音の合わせ方ですよね。もちろん、アドリブもすごいんですけど、モンクの、あの、奇妙なピアノに、ピタッと寄り添うサックスのトーン。ジャズってそういうことなのかな(笑)
龍 大阪さん、今回もコメントありがとうございます!
「1957年前後のコルトレーンのディスコグラフィー、すごすぎない?」
――まったくその通りだと思います!
トレーン本をめくりながら、手早く済ませようと思ったのですが、「あれ、まだある」「あれれ、まだある」「なんだまだあるよ」と、なかなか終わらせてくれませんでしたw
当時のコルトレーンのの仕事量は驚異的と言っても過言ではないでしょう。
「M-1グランプリで優勝した漫才師」の喩え、まさにですよね。
たしかミルクボーイの時だったか、追跡取材をテレビで見たことがあるんですが、新幹線で大阪、東京を行ったり来たりの生活の連続のようで、「こりゃ疲れるわ」と思いました。
1956-57年のコルトレーンは、さながら「働き続ける蒸気機関車」のような勢いで仕事を「こなし」つつ、彼のことですから練習もしまくっていたのでしょうね。
プレスティッジ、ブルーノート、ベツレヘムなどのレーベルでリーダー作のみならずサイドマンとして多数の録音を精力的に重ね、しかも、その成果は単なる数だけではなく、内容もどれもこれもが聞き応えがある。
ピーク時のミュージシャンって、いやミュージシャンに限らずかもしれませんが、絶好調の時期を迎えている時の人の仕事内容って、ハイクオリティなものが続くんですよね。コルトレーンも例に漏れずって感じなんだと思います。
これだけの仕事をこなしつつ、独自の演奏スタイルをさらに開拓していっているのですから驚きです。
しかし、もしかしたら、このあたりから彼の「過労」ぶりが沈黙の臓器を脅かし始めていたのかもしれませんね。
龍 大阪さんおっしゃる、彼の読譜能力の高さ、初見演奏のスキル。
これにも注目したいですね。
確かに、あの時代のミュージシャンたちにとって、譜面を一発で仕上げるのは「当たり前」だったのかもしれませんが、それでもコルトレーンの場合は、単なる技術以上に、オリジナルな表現力や勢いが初見の演奏にもしっかりと表れていたと思います。
本で言うと、私のような「棒読み」ではなく(涙)、ちゃんとメリハリをつけて初見の活字を読んでいる、というか、そんな感じ?なのかもしれませんね。
おっしゃるマーカスの動画、私も以前見たことがありますが、あれには本当に「すげえ」の一言しか出てきません。トップレベルのミュージシャンたちはまさに「超人」なんだろうな、と改めて思います。
カーネギーでのモンクとコルトレーンの《スイート・アンド・ラブリー》。
あの演奏には、音楽的な「相性の良さ」がこれでもかというほど詰まっていると思います。まあお勧めの《ナッティ》もそうなんですが、いずれんしてもモンクとトレーンは相性いいですよね。
これ、上手い人と上手い人同士だと相性が良い、と言うわけでもないんですよね。
これ、ジャムセッションなんかで初対面の上手い人とお手合わせするとよくわかります。下手な私であっても、上手い人と演奏していると、相手との相性が良い場合は、上手い方向に引っ張られていく感覚があったり、ピタリとハマるところにハマる一体感が感じられることがあるんですよ。
モンクとコルトレーンは、そういうケースの極致を演奏で見せてくれているように思います。
私の場合はベースだからということも大きいのかもしれませんが、「これだ!」という瞬間に巡り合うことは、相手がドラマーのことが多いですね。
特に、プロやプロレベルのドラマーと一緒になると、相手がめちゃくちゃテクニカルなポリリズムを駆使してきたりして「これどう数えればいいんだ?」と焦る場面もあるんですが(演奏後半の4バースや8バースの時など)、「どうせ数えても無駄だろう」と諦めて、音だけを頼りに「このあたりだろう」という感覚だけで「えいっ」と弾いたら、それがピタリと小節頭にハマることもあります。
この快感は大きいです。
ナンパが成功した時の高揚感よりデカい😆
コクってOK返事来た時よりもドーパミンの分泌量が多い(はず)😆
これだから、楽器演奏はやめられない、止まらない、なんですよね(最近ジャムセッション参加が復活しています)。
で、コルトレーンの57年前後の仕事量の凄まじさの話に戻りますが、彼はその多くの録音がプレスティッジで行われていたことを考えると、収入面ではあまり恵まれていなかったかもしれないですね。
あのジャズマンからは悪名高いボブ(・ワインストック)は、多くのジャズマンが契約書読まない(読めない?)ことをいいことに、結構自社に有利になるような契約を結んでいたようなのです。
「何枚数以上売れてから(プレスした枚数の何割が売れたら)印税支払う」みたいな条件で契約していたというような話、なんかの本で読んだ記憶があります。
でもコルトレーンのことですから、演奏機会が与えられることが最善、収入は二の次と考えていたのかもしれませんが。
あるいは、この時期は「未来への投資」と割り切って、全力で演奏することを優先に考えていたのかもしれません。
とにもかくにも、「読譜能力」や「モンクとの相性」「M-1優勝後の漫才師」など、興味深い視点でのコメントありがとうございました。
なんか私もレス書きが白熱してしまい、気づけばかなりの文字量をキーボードにパンパン打ち続けていたかも。
もちろんバックはコルトレーンw
久々に『トレーニング・イン』かけてます。
動画でこのアルバムに触れている時、無性に聴きたくなってしまったんですよね。