【コメント返し】わーかうと

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動画「【コメント返し】ハードバップのブルースとサンマーメンとジョーヘンとコルトレーン」(こちら)に視聴者さまよりいただいたコメントに対してのアンサー動画をアップしました。

コメント

サンジョルディさんからのコメント。

コメント返し、ありがとうございました😊

ご推察の通り、ハンク・モブレー『ワークアウト』は、<大の愛聴盤>です😆

ちなみに
現在私の<愛聴盤>は、
100%ブルーノートです(笑)

<2ホーニック・ブルーノーティアン>のサンジョルディより😎

やっぱり100%ブルーノートでしたか(笑)。

サンジョルディさんの場合、私の推察では120%くらいかと思っておりました🤣

しかも<2ホーニック・ブルーノーティアン>。
『ワークアウト』大の愛聴盤というのも、ああ、やっぱりなぁ、でしたw

そのうち血液検査をしたら、「ブルーノート値、高めですね」と言われるかもしれません(笑)。

サンジョルディさんからのコメント、再び。

【<パラレルワールド江戸>
思いつきで話す熊さんと、知らないとは言えないご隠居の会話、あるある】

【熊さん】
ご隠居、あっしは、マイルス・デイヴィスと、ジョン・コルトレーンの、それぞれの楽器に対する<革新性>に注目しやした。

【ご隠居】
お前さんは、2026年7月になっても、相変わらず<藪から棒>じゃのう。

【熊さん】
まずトランペットのイメージでやすが、音が<直線的>でやすね。

【ご隠居】
そうじゃのう。高音を連続して、まっすぐ飛ばすイメージじゃのう。

【熊さん】
その点、マイルスは、ミュートを使って、近くにささやくように、スペースを作って、演奏しやした。

【ご隠居】
マイルス以前は、甘い曲やコミカルな曲にミュートを使うことはあったが、あくまでも<味変>というか、<気分転換>の扱いじゃった気がするのう。
マイルスはミュートを<根幹>に使って、それまでのトランペットのイメージをひっくり返したと言いたいのじゃの。

【熊さん】
<直線的>に吹きまくるトランペットから、<曲線的>にスペースを作るトランペットへの<変革>でさあ。

【ご隠居】
<ワウペダル>を使ったのも、音を<曲線的>にしたかったのかもしれんの。
では、コルトレーンは、どうなのじゃな?

【熊さん】
テナーサックスは、音が<曲線的>でやすね。

【ご隠居】
サブトーンを使って、野太く、ゆったりと、音を<あふれ出させる>イメージじゃのう。

【熊さん】
コルトレーンは、研ぎ澄ました音を、<直線的>に飛ばして、<敷き詰め>やした。

【ご隠居】
確かにコルトレーンは、若手の頃、評論家から「怒(いか)れる若きテナーマン」と呼ばれておったの。<とがった音>じゃった。

【熊さん】
つまり、
マイルスは、トランペットの音を<直線的>から<曲線的>に変え、
コルトレーンは、テナーサックスの音を<曲線的>から<直線的>に変えたんでさあ。

【ご隠居】
いささか強引な結論じゃが、
二人とも、トランペットやテナーサックスという楽器の<ありよう>を変えた<イノベーター>と言えるかも知れんのう。
マイルスとコルトレーンが、
2026年の我々にとって、いまだに<魅力的>に感じられるのは、そのあたりかも知れんのう。

【<パラレルワールド平安>
夜更けの右大臣邸にて、検非違使と右大臣、楽のことを語る】

【検非違使】
右大臣殿、いと心得ぬことの侍り。

【右大臣】
また汝か。夜も更けぬるに、今宵はいかなる藪より棒を出だしたるぞ。

【検非違使】
先ほど、異国の楽なる「じゃず」といふものを聴き侍りき。
されば、まいるす・でいゔぃすといふ者、喇叭を吹くに、音を高く遠く放つことをせず、かへりて近く囁くがごとく吹き侍る。

【右大臣】
ほう。喇叭とは、本来、遠くへ音を届けんがためのものにはあらずや。

【検非違使】
そこにて候。
されど、まいるすは、遠くへ飛ぶる音を、あえて近くに置きたり。
直きものを曲げたるにはあらず。
「直く飛ばねばならぬ」といふ定めそのものを、疑ひたるにやあらん。

【右大臣】
なるほどのう。
されば、これを「曲線」と呼ぶも、ただ音の形のみにはあらざるべし。

【検非違使】
御意。
では、こるとれーんはいかがに候。

【右大臣】
あの男は逆じゃ。
本来、太く、うねり、溢るるがごときてなあ・さっくすなるものを、研ぎ澄ましたる矢のごとく放ちたり。

【検非違使】
されば、
まいるすは直線を曲線にし、
こるとれーんは曲線を直線にしたる、と。

【右大臣】
いや、そこまで申せば、また熊なる者に「いささか強引」と笑はれん(笑)。

【検非違使】
されど右大臣殿。
二人の為したること、もしや同じにはあらずや。

【右大臣】
何が同じぞ。

【検非違使】
楽器の「かくあるべし」といふ姿より、いったん離れたることに候。

喇叭なれば高らかに鳴らすべし。
てなあなれば太く歌ふべし。

その「べし」を疑ひたる者こそ、後の世に残る者なのではありませぬか。

【右大臣】
……汝、今宵は珍しく良きことを申すのう。

【検非違使】
されば、革新とは、新しきものを加ふることのみにあらず。

皆が疑はぬ「べし」を、一つ疑ふことより始まるものにや。

【右大臣】
うむ。

【検非違使】
して、右大臣殿。

【右大臣】
何じゃ。

【検非違使】
この「じゃず」といふ楽、千年の後にも残り侍らむか。

【右大臣】
知らぬ。

されど、まいるすとこるとれーんとやらは、千年とは申さずとも、二〇二六年七月までは残るらしきぞ。

【検非違使】
それはいかにして御存じに?

【右大臣】
……サンジョルディなる者の文に、さう書いてありけり。

【検非違使】
それ、未来人にては候はぬか。

【右大臣】
知らぬふりをせよ。
平安の世にも、知らぬと言へぬ事情はいろいろあるものぞ。

かくて二人、月を見上げたりけり。
遠くより、直線とも曲線ともつかぬ音の聞こえたり。

いと、じゃずなりけり。

<現代語訳>
ある夜、右大臣のもとへ検非違使がやってきて、ジャズについて語り始めた。

検非違使によれば、トランペットは本来、音をまっすぐ遠くへ飛ばすようなイメージの楽器。しかしマイルス・デイヴィスは、ミュートなどを使い、むしろ近くで囁くように吹いた。

一方、テナーサックスは太く、うねるような「曲線的」なイメージの楽器。それをコルトレーンは、研ぎ澄ました矢のような音で、直線的に飛ばした。

つまり、

マイルスは「直線→曲線」。
コルトレーンは「曲線→直線」。

しかし二人に共通しているのは、単に音の形を変えたことではない。

「トランペットなら、こう吹くべき」
「テナーなら、こう吹くべき」

そんな、誰も疑わなかった楽器の「べき論」そのものから離れたことなのではないか。

革新とは、何か新しいものを付け加えることだけではない。

みんなが当たり前だと思っている「こうあるべき」を、一度疑ってみることから始まるのかもしれない――。

そんな話をしているうちに、なぜか平安時代の右大臣が2026年7月のサンジョルディ氏のコメントを読んでいたことが発覚。

検非違使が怪しむと、右大臣は一言。

「知らぬふりをせよ。平安の世にも、知らぬと言へぬ事情はいろいろあるものぞ」

そして二人は月を見上げる。

どこからか、直線とも曲線ともつかない音が聞こえてくる。

――なんとも、ジャズである。

<試験に出る!ワンポイント解説>

さて、ここからは大学入試にも役立つ(かもしれない)古文文法のおさらいです。

■「されば、革新とは、新しきものを加ふることのみにあらず。」

【現代語訳】
そうであるから、革新とは、新しいものを加えることだけではない。

【品詞分解】
されば/革新/と/は/新しき/もの/を/加ふる/こと/のみ/に/あら/ず

「されば」=接続詞。「そうであるから」「それゆえ」の意。

「新しき」=形容詞「新し」の連体形。
後ろの「もの」を修飾しています。

「加ふる」=ハ行下二段活用動詞「加ふ」の連体形。
後ろの「こと」を修飾しています。

「のみ」=副助詞。「〜だけ」「〜ばかり」。

「あら」=ラ行変格活用動詞「あり」の未然形。

「ず」=打消の助動詞「ず」の終止形。

したがって、

「〜のみにあらず」
=「〜だけではない」。

古文では頻出の表現なり。
受験生諸君、ゆめゆめ忘るることなかれ。

■「それはいかにして御存じに?」

【現代語訳】
それを、どうしてご存じなのですか。

「いかに」=副詞。
「どのように」「どうして」などの意味を持ち、文脈によって訳し分けます。

古文で「いかに」が出てきたら、とりあえず「イカ煮」と訳してはいけません。
零点になります。

■「この『じゃず』といふ楽、千年の後にも残り侍らむか。」

ここは試験に出ます。

「侍ら」=ラ行変格活用動詞「侍り」の未然形。
「む」=推量の助動詞「む」の終止形。
「か」=疑問の係助詞。

したがって、

「残り侍らむか」
=「残っているでしょうか」。

ここで重要なのが助動詞「む」。

「む」には、
推量・意志・適当・勧誘・仮定・婉曲など、複数の意味があります。

この場合は未来について尋ねているので「推量」と考えるのが自然でしょう。

「千年後にもジャズは残っているだろうか」

平安時代の検非違使にしては、ずいぶん壮大な質問です。

■「サンジョルディなる者の文に、さう書いてありけり。」

【現代語訳】
サンジョルディという者の文章に、そう書いてあったのだ。

注目すべきは「けり」。

「けり」=過去・詠嘆の助動詞。

この場合は、すでに書かれていたコメントについて述べているため、基本的には「過去」と考えてよいでしょう。

ただし右大臣が、

「おお、本当に書いてあるではないか!」

と初めて気づいたのであれば「詠嘆」のニュアンスも出てきます。

古文の助動詞は、形だけで意味を決めてはいけません。
前後の文脈を見ることが大切です。

■「いと、じゃずなりけり。」

本日の最重要問題です。

「いと」=副詞。「たいそう」「非常に」。

「じゃず」=名詞。たぶん。

「なり」=断定の助動詞「なり」の連用形。

「けり」=詠嘆の助動詞「けり」の終止形。

したがって、

「いと、じゃずなりけり。」
=「ああ、なんともジャズであることよ」。

ここでは「けり」を単純な過去ではなく、詠嘆と解釈したいところ。

二人が月を見上げ、直線とも曲線ともつかない音を耳にして、あらためてその趣に気づいた場面だからです。

【まとめ】

「あらず」→「あり」未然形+打消「ず」

「む」→文脈から意味を判断する

「けり」→過去か詠嘆かを文脈から判断する

「いと」→「たいそう・非常に」

そして、

「じゃず」→活用なし。

なお、「じゃず」の語源および平安時代における用例については、現在のところ確認されていない。

――配点25点😆